世界の大学事情

【世界の大学事情】第1回 「研究大学:アメリカ例外論?」「研究の流動性(リサーチ・モビリティ)は生産性や影響力に効果があるか」

その1:『研究大学:アメリカ例外論?』(Research Universities: American Exceptionalism?
ヘンリー・ロソフスキー(ハーバード大学教養学部長・名誉教授)

あるパラドックス
アメリカ国内で、高等教育はこれまでになく批判の的となっている。「金がかかり過ぎるし、非効率的、そして、元が取れない」がその共通した結論だ。高等教育機関を卒業する学生は、就職市場に出る準備ができていない、と言われている。高等教育は、教授陣の生産性が低くても目をつぶり、技術革命を受け入れない、と批判されている。一般的に、現在の「ビジネスモデル」は持続不可能と判断されている。大学人は、自滅の道をたどっている、と考える人もいる。
しかし、世界の中で高等教育の議論や評価をすると、アメリカの大学はしばしば「世界の羨望の的」と呼ばれる。だが、アメリカで「高等教育」や「大学」について、一般的に語るのは無意味である。アメリカ国内には高等教育機関が4千余りあり、その中には、実際に世界の羨望の的となるものから、高校とほとんど区別できないものまで、非常に多様性に富んでいる。そのため、「アメリカの大学」というラベルで一括りにしても、ほとんど意味がない。
アメリカの高等教育ピラミッドの頂点に立ち、またこの論文で私が焦点を当てているのは、公立及び私立の研究大学であるが、それらは知識を創造かつ維持し、理系、文系、専門職を志す大学院生を鍛え、学部生にはリベラル・エデュケーション(教養教育)を施すものである。ジョナサン・コールは、著書『素晴らしいアメリカの大学(The Great American University)』において、米国内の約125の様々な大学がこの特徴に当てはまり、それらの大学は「世界で極めて重要な基礎的知識と実用的な研究成果を非常に高い割合で生み出すことができる。生み出される研究の質の高さ、そして若い人々に投資して第一級の科学者や学者に鍛え上げるシステムが、これらの大学を他と区別し、世界の羨望の的としている」と述べている。
アメリカ教育ピラミッドのトップに立つ教育機関のすべて、また、幾つかのそれ以外の機関には、その質の高さと密接に関連づけられる共通した6つの特徴がある。それらが欠けていると、アメリカのみならず、どこであっても、研究大学が高い質を達成することができない、もしくは、非常に難しい事態となる。事実、アメリカ以外の大学では、これらの特徴が部分的に、またはすべて欠けており、このことが、一般的に認められている大学ランキング調査の上位に、海外の、特に欧米以外の大学が比較的少ないことを説明すると考えられる。この6つの特徴の中で、完璧に明確なものは一つとしてない;すべてが、曖昧なものである。しかし、それらの特徴があるかないか、を見つけるのは難しいことではない。

高い質を誇る研究大学に見られる6つの特徴
(1)権限の共有
まず、これらの機関は、すべて権限の共有を行っている:理事会と学長は条件付きで教育方針を教授陣に委任する。委任される事項に含まれる主なものは、カリキュラムの策定や、教員および学問や研究をするために入学する者の選考である。この管理スタイルはトップダウンというより合議制で、教授陣は特定の領域で指名を受けた管理者や理事と共に支配権を分かち合うが、最終的な支配権を握るのは管理者や理事会である。これは、アメリカ独特の形式の権限の共有であり、強力な経営幹部に依るものである。学長、副学長、学部長は予算、機関における様々な優先順位の決定、その他多くの重要事項に大きな支配権を持ち、その権限を行使する。
権限の共有がなぜそれほど重要なのだろうか?様々な答えが考えられるが、最も頻繁に挙げられるのは以下である。大学というのは極めて複雑な組織であり、中央集権的な意思決定は最良の結果につながらない。また、大学には自発的な人々の割合が高く、彼らの「想像力の成果」を100%掴み取るためには、当事者意識が欠かせない。マサチューセッツ工科大学の前学長スーザン・ホックフィールドが言葉巧みに表現している。「教授陣は、自分の専門分野の最前線に行く。そして、その見晴らしの良い場所から、自分の専門分野が将来どの方向に進んでいくかを最も良く見極め、学生たちを前線に送るためのカリキュラムをデザインすることができる。これらの教授陣無しに、大学の学問分野の進路を計画できる大学のリーダーはいない」。
権限共有を行うと、急速な変化を実行に移そうと考えている管理者はフラストレーションがたまるかもしれないが、ペースがゆっくりしていれば、より賢い選択につながることもあるし、大学の歴史に照らしてみると、権限共有が根本的な変革を妨げたことはなかったということは確かである。
(2)学問の自由
しばしば壁にぶち当たることはあるとはいえ、アメリカの研究大学は学問の自由、すなわち、「学者が自分の雇用者である機関に支配または制約を受けることなく、自身の研究を遂行し、教え、刊行する権利」に恵まれており、さらに加えて、アメリカの住人に対して与えられているすべての権利、特に合衆国憲法修正第一条に関する権利、にも恵まれている。
(3)功績による選考
3番目に、学生の入学許可と教授陣の選考や昇進は、機関において承認、容認された基準によって測られた功績を基にして行われている。過去の業績も功績を決めるものとなる。しかし、ここにも数多くの曖昧な点が無いとは言えない。学生の場合、全国標準テストのスコアなどのようなごく単純な功績という考え方からの乖離、例えば、これまでのレガシー、アファーマティブ・アクション(人種差別撤廃優遇措置)、スポーツ選手向けの奨学金といったものを無視することはできない。同様に、性別、人種、学閥も、教授陣の選考や昇進において、単純な基準からの乖離を生み出すこともある。それでもなお、アメリカの研究大学においては、功績による客観的な尺度が少なくとも中核に残っている。
(4)人的交流の顕著さ
現在、アメリカの研究大学における教育の大部分で人的交流、すなわち、学生と教員がバーチャルにではなく実際に直接会って、参加やクリティカル・シンキングを促すこと、が顕著であり、この状態が続くよう意図されている。これを、2012年のタナーレクチャーで、ウィリアム・ボーエンは「精神と精神の摩擦」と呼んでいる。人的交流が行われる割合は年月を経る間に変化するかもしれないが、その根本的な方針は残されなければならない。すなわち、人的交流は、様々な選択を行う際に助言や人的交流を必要とする学部生向けのリベラルエデュケーション(教養教育)の一部とならなければならない。また、人的交流は、博士号獲得を目指す者にとっては、メンターとメンティーの関係の一部を占めているということもわかりきったことである。デジタル化、バーチャルな教材、時々行われる反転授業が持つ偉大な価値を否定する者はまず居ないが、これらは主要部分ではなく、補足部分として存続する。
(5)文化の保存
これらの研究大学はすべて、文化の保存と伝達を自分たちの任務と考えている。これは、カリキュラムに人文科学を入れること(学部生のリベラルアーツで必修とされていること)に表れている。中には、研究や言語学習、図書館や博物館の維持など、より特化した活動を含むところもある。
(6)非営利の立場
すべての研究大学は非営利ベースで運営されている。もし、大学としてのゴールが、最大の利益を得ることや、株主が持つ価値を増やすことであれば、これまで述べてきた条件はすべて好ましからぬ障害や非効率的なものとなり、有能な経営陣はそれらを許容することはできないだろう。しかし、この非営利の立場という条件は、それほど決まりきったものではない。営利を目的としない大学で下される決断は、収益を考慮することによって影響を受け、歪められる可能性もある。例えば、資金提供者が特定の恩恵を受ける代わりに研究や運営資金が生み出されるような活動では、特定の科学的結果について、ある一定期間、排他的にアクセスできる権限を要求するかもしれない。この意味からいうと、現在の研究大学で、完全に非営利目的の大学はない。それでも、主として外部の支援者のビジネス目標によって管理される大学はない。

この6つの特徴には権威があるわけではなく、厳密な数学的証明の対象でもない。これまでの歴史的な経験を踏まえた、私の(無難であろう)解釈をベースとしている。

品質条件に関する理解と誤解
多くの大学教員は、これらの特徴のリストの一つ一つについて、良く知っている、言うまでもない、そしてほとんど関心がない、と感じるだろう。一方、大学教員以外の人たちは、極めて異なった反応を示すかもしれない。このリストに載っている特徴は、現状維持への弁解であり、すべての変化に対して頑固に抵抗する大学という機関に良くあるものだ、と簡単に解釈されるかもしれない。
しかし、どちらの見方も間違っている。高品質の条件は、これらのうちのどれが欠けても研究大学の品位と質に影響を与えるが、システムとして考えられることは、まずない。
大学教員以外の視点に戻るが、大学に対する批評家が大好きな表現を使うならば、これらの一つまたは複数の特徴は、「大変革を不可能にするものではない」。これは重要なポイントである。なぜなら、思うに、これは一般に信じられていることと正反対だからである。
例えば、長期在職権(テニュア)は変化に対する障害とみなされている。確かに、合衆国の連邦法で法定定年を禁じているので、特に、若手の学者が不利益を被っているため、長期在職権に代わる長期契約システムを取り入れる方が望ましいかもしれない。しかし、変化の前に立ちはだかっているのは、研究大学におけるこれらの列挙した特徴ではない。教授陣は自身の給与や雇用条件を決定しておらず、それは大学管理者の手中にあり、権限の共有の中に含まれてはない。だが、大学の変化をはるかに困難にしているのは、大学間の競争と、営利事業間の馴れ合い(協力?)を防ぐべくデザインされたアメリカの法制度である。
研究大学は「変化していない」という意見を聞くと、私はいつも奇妙に感じる。我々の製品は教育と研究であり、必須の要素は形式や舞台(ボトル)ではなく、中身(ワイン)なのだ。そして、この中身は常に変化し続けている。

現時点への対処
知識の想像と、大学院生と学部生の教育という、社会で自分に課せられた役割を果たすため、大学関係者は仮定を行うが、それが自分たちを統治する理事会や、より広範な一般大衆に対して、常に明白なものとは限らず、また、現状ではそれが明白ではないとほぼ断定してもよい。たとえば、研究大学の質に関連する特徴は、特権への弁解と見られることもある。
もう一つの現実として考慮すべきなのは、アメリカの大学には書面による規範や長い歴史を持つ慣習法がほとんどないことである。大学の特権や実践を保証しているのは理事会であり、ほとんどが民間ビジネス出身者である。さらに、州立大学の場合、統治ポジションにつく人の指名は政治的なものとなる可能性があり、それは、しばしば知事の手中にあるか、時によっては州の選挙次第となることもある。
争いと批判に満ちた時代に、現行のやり方に疑問が生じている。最終審裁判所(理事会)の構成員たちは、自らの手に委ねられている普通とは異なった存在(大学)について理解しているのだろうか。いつ、理事会の主導が必要かつ適切で、そうではないのはいつか。我々は、理事が負う責任に対して、十分に準備させていたか。理事の指名を行う者は、その候補者がどれだけ大学の価値を評価しているかということよりも、彼らの貸借対照表を読み取る能力に関心を持っていないか。もしくは、理事候補者がどれだけ巨額の寄付をできるか、を第一の能力として見ていないか。または、理事の指名権を持つ者は、候補者の所属政党にまず関心を抱いていないか。
教授陣にも同じ点を挙げることができる。我々は教授陣の研究の資質に関して細心の注意を払って調べるとともに、昨今、これは歓迎すべき大きな変化だが、彼らの教える能力についても、以前よりもっと詳しく見ている。しかし、教授陣達に対して、大学における権限の共有に建設的に参加するための準備を何かしているだろうか。これらの課題は、「世界の羨望の的」とされるアメリカの研究大学が、ほとんどの観察者たちによって予言されている激しい嵐の海にこぎ出だして行く上で緊急を要する事項である。

※原文はこちらからご覧いただけます。

その2:『研究の流動性(リサーチ・モビリティ)は生産性や影響力に効果があるか』(Does Research Mobility Have an Effect on Productivity and Impact?

ガリ・ハレヴィ(米国・マウントサイナイ医療機構図書館、チーフディレクター)
ヘンク・F・モエッド(イタリア・サビエンツァ・ローマ大学、コンピューター制御マネジメントエンジニアリング研究科教授)
ジュディット・バーイラン(イスラエル・バル=イラン大学情報科学研究科教授)

科学がグローバル化し、国際的な共同研究の可能性をオンラインで探せるようになったことに伴い、研究者たちは外部の機関、そして時には国外に、共同研究の機会を求めるようになっている。しかし、このようなタイプの学術的な流動性が、研究者の仕事の生産性や影響力にプラスの効果があるかどうか、については知られていない。一方では、科学者が、所属を変えたり外国に移動することでネットワークを広げ、知識や専門分野を追及する機会を見つける可能性があるので、流動性は仕事の生産性や影響力にプラスの効果をもたらしうる。他方では、新たな所属機関や国に適応して慣れることに時間を要し、その間、新たな研究成果の出版が遅れるかもしれない。加えて、新しい機関に所属したことが、研究者コミュニティの間で認識されるまでに時間がかかるかもしれない。

我々は、研究者のアウトプット、所属機関、研究の影響力全般を表すデータを使い、研究者の出版物の数としての「生産性」と、そしてこれら出版物の全体および相対引用数としての「影響力」が、流動性の影響を受けたかどうかを探った。この研究課題に取り組むため、10の学問分野での研究者700人に関する、所属機関やその所在国の数、刊行物や引用数について、2010年から2015年の間のデータを集めた。我々は、そのデータを、以下の多様性に富んだ7つの分野としてとりまとめた。それらは (1)神経科学、(2) 機械工学、 (3) 人文科学、(4) 腫瘍学、(5) 環境地質学、(6) ビジネス、(7) 感染症である。そして、SciVal(TM)(エルゼビア社の製品)の研究者プロフィールを使い、刊行物から研究者の所属機関と国を割り出した。その結果、少なくとも2つ以上の所属機関間の流動性は、アウトプット(出版物数)と影響力(被引用数)を増加させることが分かった。所属機関の流動性が、出版物や被引用数に大きくプラスとなった分野は、機械工学、腫瘍学、人文科学、感染症だった。面白いことに、腫瘍学や感染症の分野では、研究者プロフィールにおける所属機関が1か所のみというケースが見当たらなかった。これらの分野で著名な著者は、彼らのプロフィールにおいて、少なくとも2か所の所属機関との関連がみられた。

一方、国家間の流動性は、所属機関間の流動性と全く同様の効果をもたらす訳ではなさそうだ。環境地質学、人文科学、ビジネスの分野においては、他の分野に比べて、国と国の間の流動性が生産性や影響力に与える恩恵が大きかった。それには、これらの分野が、他よりグローバルな性質を持っているということが影響している可能性がある。

以上の結果から、研究者はキャリアを積み重ねる間、所属機関を移動することが重要であるように思われる。それは、経験を積み、ネットワークを広げる上で有益だという点から説明できるだろう。ただし、研究者の移動先の所属機関の数(2か所または3か所)で大きな違いは出なかった。また、国家間の流動性は、人文科学、ビジネス、環境地質学の特定分野を除けば、大きな影響がなかった。
分野ごとに共通して見られる傾向を要約したものが以下である。

・神経科学は、研究者が2つの所属機関、および2国間を移動する際に一番プラスとなった。
・機械工学は、研究者が1つの国の中で、3つの所属機関を移動する際に一番プラスとなった。
・腫瘍学は、研究者が1つの国または2国間で、2つの所属機関の間を移動する際に一番プラスとなった。
・ビジネスは、研究者が2国間で、2つまたは3つの所属機関を移動する際に一番プラスとなった。
・人文科学は、研究者が2国間で、3つの所属機関の間を移動する際に一番プラスとなった。
・環境地質学は、研究者が2国間で、2つまたは3つの所属機関の間を移動する際に一番プラスとなった。
・感染症は、研究者が1つの国の中で、2つの所属機関の間を移動する際に一番プラスとなった。

本分析の結果は、それぞれの分野における上位100人、合計700人の著者に限定される。今後は、それぞれの分野で、出版業績が平均または少ない著者に対しても分析を行うべきである。出版業績の高低で著者を比べれば、出版物の生産性や影響力に対する流動性の影響がより明らかになるかもしれない。我々の研究結果では、流動性と、生産性や影響力との関係は分野によって異なり、一般化できないことも明らかになった。そのため、それぞれの分野内の下位区分に目を向け、分野ごとにさらに詳しく検討する必要がある。下位区分の結果を下位から上位へ総計することで、分野全体内の傾向全般がさらに明らかになるかもしれない。また、我々の研究は5年間のデータのみに限定して行った。年数の幅を広げてさらに研究を重ねることで、流動性の展開と、それが生産性や影響力に与える効果が明らかになるかもしれない。

※原文はこちらからご覧いただけます。

<翻訳者>新見有紀子(政策研究大学院大学客員研究員、一橋大学講師)