世界の大学事情

【世界の大学事情】第20回 1. 『マレーシアの公立大学と予算削減』, 2. 『十分な財政支援を行う機会の再喪失? オーストラリアの高等教育の財源不足』

その1:『マレーシアの公立大学と予算削減』(Public Universities and Budget Cuts in Malaysia)(IHE #91: 2017年)
Doria Abdullah(マレーシア工科大学専門・継続教育学部(UTMSPACE)上級講師、国境なき高等教育観測所(Observatory on Borderless Higher Education: OBHE)研究員)

マレーシアは教育に多額の投資を行っている。マレーシアの高等教育セクターは、教育予算において最大のシェアを占める。公的資金は、国内の20の公立大学に直接支出される。2007年の大学の運営予算は、政府からの支出が90%を占め、残りの10%は授業料とその他の自己収入であった。また、公的資金は奨学金、学生ローン、学生個人が書籍・参考資料の購入やブロードバンド契約をする為の年間給付金を通じて、間接的に割り当てられた。

2007年以降、マレーシア政府は高等教育の財政支援を削減している。公立大学への配分は現行で70%にまで削減され、予算の30%は自己収入によって補填されている。削減率は過去2年で特に大きかった。2017年、公立大学は61.2億リンギットの総配分を受領したが、これは2016年に受領した75.7億リンギットの配分から19.23%低下したことを表している。

このような巨額の削減はマレーシアの学術界の間では不評である。政府が予算削減を再考するよう、公立大学の学長らだけでなく、限られた資源による環境で提供される高等教育の質に対して懸念を持つ一般の人々からも多数の要求がなされた。

合理的根拠
現行の緊縮措置を正当化する理由として、経済的な不安定さを持ち出すのはかなり便利である。石油価格の変動と現地通貨リンギットの価値の下落によって、全体的な歳入と税収が減少し、高等教育セクターが利用できる公的資金額が縮小した。ここで注目されるべきことは、他のセクターもこれを免れていないことである。例えば、医療セクターもまた、近年、財政支援の削減を経験している。

高等教育への公的な財政支援の段階的削減は必要である。マレーシアはUniversitas 21の国別高等教育制度ランキングにおいて、高等教育に配分する資源の割合で、50カ国中11位にランクインしている。しかしながら、同国は、研究、高等教育機関の卓越性、卒業生の雇用可能性に関する業績とインパクトに関しては39位である。莫大な公的財政支援を受ける高等教育セクターにとって、この成果は期待を満たすものではない。業績に基づく予算配分を参考にし、政府は公立大学への予算配分を合理化しており、大学に対し、現行よりも効率的な運営を求めている。

マレーシアの高等教育セクターが大いに拡大してきたという事実は変わらない。2012年、高等教育を受ける学生数は120万に上ったが、この数字は2025年までに250万人に増加すると期待される。次の十年で2倍の拡張が予想されるため、高等教育セクターを支援する公的資金の増加は持続可能な解決案ではない。予算削減は決定的でタイムリーな時に行われ、公立大学は新しい規範に適応しなくてはならない。

予算削減への対応
予算削減の前、公立大学は快適な財務状況にあり、その中核的な仕事を通じて自ら収入を生み出さなくてはならないという圧力はなかった。財政支援削減により、全ての機能で迅速な変化が必要となった。それは、事務機能、交通費手当、イベント運営の短期的で費用削減的な施策から始まった。次に、大学は外国人教員の採用、研究者の流動性、基盤構築の額を削減した。これに続き、キャンパス内の資産の貸し出し、公的なコンサルティングサービスの増加、産業界と共にR&Dの商用化の後押しを行った。

授業料の急騰は、財政的な難局を乗り越える迅速な方法かもしれない。しかしながら、高等教育省大臣は、国内の学生の授業料は引き上げないということについて、個人的な再確認を表明している。大学は、段階的に授業料を値上げしたり、授業料を学生の社会経済学的背景によって調節することを可能にするために、授業料金額の再検討を求めることで解決に向けた交渉をしている。学部生または大学院生として入学する留学生は、全授業料を支払う。そのため大学は、留学生の入学を増やすよう推進してきた。

大学は、同窓会活動事務局の機能を再検討し、自校の同窓会ネットワークとの連携を高める企画に着手している。寄付またはワクフ(Waqf)という、イスラムの原理に沿った資産の寄付や寄付金を介した一般の人々から高等教育への寄付が推奨されている。また、大学は一般の人々を対象として、市場価格で、フルタイムの教育課程や様々な専門職課程を提供する民間団体も設置している。このような構想は、高等教育セクターの外では一般的であるが、マレーシアの公立大学の不可欠な要素となってきている。

高等教育省のアジェンダ
高等教育省は、予算削減を利用し、ふたつの変革アジェンダを推進している。
第一のアジェンダは、ガバナンスに関するものである。各公立大学の儀式的で休眠的な構造を持つ理事会は、今や意思決定プロセスを促進する特殊な役割を与えられている。理事会はまた、アセスメントを毎年行い、自身の有効性の評価を行っている。

マラヤ大学、ケバングサン(マレーシア国民)大学、マレーシアプトラ大学、マレーシアサインズ大学、マレーシア工科大学の5つの研究大学は、財務上の自治の認可を受けた最初の大学群であり、学生の入学、学術管理、人材、収入創出に関するより大きな意思決定権を有する。

第二のアジェンダは、業績の指標と、大学の財務的な持続可能性を支援する特定機能に関するものである。学長の業績契約には、収入創出に関する目標が含まれる。これは、将来の財政支援配当の配分と全体の業績評価に影響を及ぼすものである。その他の戦略的機能としては、事業開発部と協力し、大学への財政支援の機会を切り開く開発担当学長代理、学術及び研究上のコラボレーションのため、産業界および地域社会の外部組織と戦略的に手を結ぶ産業地域担当学長代理などが置かれる。

未対処のギャップ
公立大学は習熟曲線上の急カーブに差し掛かっている。教員と事務職員はこれに適応するのに困難を感じている。考え方や行動を変えるにはしばらく時間がかかるとみられる。多くの人はより効率的かつ革新的に収益を創出する必要があることを理解しているが、実際の施行を想像するとたじろぐのである。実際、彼らはそれを遂行する基本的な起業家的な能力を有していないのかもしれない。教員と各部門はリスクを嫌悪し、新しい物事の進め方を発見するよりも現行の構想を維持することを選好する。

重大な関心事は、規制枠組みの変更であり、そこには大学の自治の立場の承認が反映されていない。より多くの収益を創出するには、大学は企業のように振る舞わなくてはならない。しかし、公立大学は1971年制定の総合大学及び単科大学法(2009年改定)の下で創設されたので、未だに伝統的な構造と投資に縛られているのである。また、大学は予算配分、調達、その他財務的事項について、高等教育省、財務省、経済企画事務局が要求する何層もの承認と文書業務を進めなくてはならない。

予算削減はマレーシアの高等教育の状況を永く呪縛するものとなるだろう。国は現在の財務状況を、学術及び研究活動のための既存の配分資金を維持ないし増加させつつ、より無駄なく効率的に運営される必要のある公立大学を変革する機会として巧みに利用しうる。これに加えて、公立大学が、民間または外国の機関と協力し、国境を越えた教育(TNE)の未知の領域を開拓して、革新的なTNEモデルを通じて教育課程へのアクセスを拡張するための機は熟している。

※原文はこちらからご覧いただけます。

その2:『十分な財政支援を行う機会の再喪失?オーストラリアの高等教育の財源不足』(Another Missed Opportunity? Underfunding Australian Higher Education)(IHE #91: 2017年)
Anthony Welch(シドニー大学教育学部教授、天津大学「海外名師」兼PhD指導官)

オーストラリアの連邦政府が提案する近年の一連の予算改革は、高等教育セクターが経験する既存の資金問題を悪化させるだけであろう。前の内閣が提案した最悪の予算削減案のいくつかは現在破棄され、それらは今後、議会の承認を決して得ることが無いと確認された。しかしながら、その特定の財政危機は避けられたものの、現在の一連の提案では、高等教育の財政を十分に賄う機会を再び失うことになるという、オーストラリアの主要な大学の学長が出した結論に反論することは困難である。

オーストラリアの高等教育セクターへの政府の財政支援は1996~2006年の10年間で4%下落した一方、OECDのデータによると、OECD加盟国の高等教育への財政支援は同時期で平均49%上昇していた。その政治活動の最重要項目に、国として科学とイノベーションを優先する必要性を掲げていた新しい内閣総理大臣が改革者となり、高等教育と研究の予算を大幅に増額させるとの期待が高等教育セクター内にはあった。近年、医学分野で少なくとも二つのノーベル賞の受賞があり、さらに、太陽電池技術、生命工学、量子計算などの様々な分野における国際的に先駆的な業績を鑑みると、政府が以前の予算削減を覆し、適切に高等教育セクターに財政支援を行い、研究上の全費用を支援するというかつての約束を果たすことに期待するのは当然のことであった。例えば、「グループ・オブ・エイト(Group of Eight)」と呼ばれる先導的な研究重点型大学である8つの大学は、恒常的に研究支援の最大の分け前を獲得しているが、政府による研究費全額負担の継続的な不履行は、研究予算の逼迫を増加させることを意味する、と長らく不満を訴えてきた。

提案された改革
このような当然の期待にも関わらず、過去の失敗を是正するというより、それをさらに悪化させるような措置が新しく提案されたことに、高等教育セクターは意気消沈させられることとなった。重要な改革は、長らく継続して来た、国の所得連動型学生ローンのスキームを下支えする公債と民間債の割合のバランスを再調整することであった。既存の制度では、学生は自分の学位の42%の料金を支払う義務を負うが、この額は、学生が卒業し、就職し、最低設定年収を超える額を稼ぐという特定条件を満たした場合にのみ発動されるものである。これらすべての条件が満たされると、卒業生は債務が消滅するまで、追加で適度な額の所得税を支払う。新制度のもとでは学生の負担は増し、2018年~2021年の間、毎年1.82%追加で支払い、最終的な合計額は7.5%の上乗せとなる。これは、2021年より、学生が自分の学位の42%ではなく46%の費用を支払うことを意味する。

学生に対する提案された費用負担の変化が、学生、とりわけ社会的弱者層に属する学生の入学の妨げとなるかどうかはまだ分からない。提案された改革は、特にパートタイムで学ぶ学生にとって、高等教育の魅力を失わせる、もしくは高等教育を法外に高額なものにしかねないのではないだろうか。学生ローンスキームの元々の設計者は、新制度は学生の債務にはあまり影響がなく、学生がローンを返済するのにかかる期間が1年増えるに過ぎないはずであると試算している。これよりずっと重大なことは、ローンの返済の義務が発生する最低設定年収を、$55,000から$42,000に大幅に引き下げたことである。ただし、債務回収率を4%から1%に引き下げたことは、大半の学生に対する影響が比較的小さいということも意味する。

学生ローンスキームの変更以外では、大学は、連邦交付金スキームに対する「効率性配当(efficiency dividend)」の形で、2年間で$3.842億AUドルという、ほぼ$4億AUドルの直接的な削減に見舞われることとなる。このいわゆる「効率性措置」は予算削減のための便利な婉曲表現であり、国による研究費の全額負担の継続的不履行に連なるものである。提案された削減が施行されれば、2018年の財政資金の全体で2.5%の削減、さらに2019年で2.5%の削減を示すものである。全体としては、高等教育セクターへの公的資金が2016~2017年からの5年間で$20億AUドル近く削減されることが推定される。大学の助成金の指標化の方法の変更と合わせて考えると、大学が、学生当たりで受ける助成金はより少なくなる一方、より多くのことをしなくてはならないという意図があることは明白である。明らかに、これは財政面の問題に対する解決案とはならず、実際には、これまで既にしばらくの期間活力を失っていた大学の状況を、さらに悪化させるものでしかない。

放棄された改革案
2014-15年の高等教育に対するより初期の規制緩和予算における最悪の要素は、現在の一連の提案において放棄された。これらの過去の提案の中には、教育セクター全体における約20%の予算削減や、学生ローンの負債への実質金利の導入(現在はインフレ率にのみ関連付けられている)がある。さらに、需要の高いコースについては、大学が自己裁量で料金を請求することができるとされた提案も放棄された。いくつかのコースについて高い料金を請求するという柔軟な提案を支持した何人かの(主に最も富裕な大学の)学長は、個人的には、それらの提案が放棄されたことに落胆していたかもしれない。しかし、高等教育セクターの大多数は、高等教育と国家の研究の取り組みを深刻に弱体化させかねなかったこれらの初期の施策が放棄されたことに安堵のため息をついた。国の議会はその施行に対する同意を一貫して拒んできたことから、そのような施策を放棄したことは、単にそれらの施策が初めから失敗する運命にあったという承認に過ぎないとしても、潜在的な大規模な財政危機は回避されたのである。

成功による問題
初期の提案の最悪の影響は回避されたものの、新しい予算措置もまた、不十分な財政支援の問題に対処できずにいる。問題は、これまで、オーストラリアの大学があまりにも成功しすぎて、そのために懲罰を受けているということである。オーストラリアの大学自身が輸出収益を生む主要な原動力へと変換し、留学生の料金から毎年合計で200億AUドルを稼いでいることで、国は、大学について自由に乳を絞り出すことのできるお金を産む牛(金のなる木)と見做すようになった。さらなる「効率化配当」と研究の全額負担の不履行の継続は、大学が留学生からより多く稼ぐことによって、国からの交付金の減少を補填するという方向に大学を追いやっている。少なくとも一人の学長は、より多くの留学生を入学させることは、オーストラリア人学生と置換することになりうるという可能性を提起することで応答している。この議論は過去の高等教育に関する国家の論争の一部として提起されたことはなかった。しかし、高等教育入学者の4人に1人(いくつかの一流大学では3人に1人)が留学生であるという事実――世界の主要な教育制度で最も高い値――は、初めて、一般の反発を持って迎えられた。初期の提案の最悪の要素は回避されたものの、現在提案されている一連の「効率化配当」は、学生ローンの財政負担のより多くを州から学生自身に移行させるものである。また、交付金助成メカニズムの変更については、この将来の見通しに何も対処しておらず、高等教育セクターに十分な財政支援を行うことに対する長きにわたる不履行に連なるものでしかない。

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<翻訳者>新見 有紀子(政策研究大学院大学 客員研究員、一橋大学 講師)