世界の大学事情

【世界の大学事情】第19回 1. 『海外ブランチキャンパス:それは研究大学たりうるか?』, 2. 『インド:世界トップクラスの大学?』

その1:『海外ブランチキャンパス:それは研究大学たりうるか?』(International Branch Campuses: Can They Be Research Universities)(IHE #92: 2018年)
Agustian Sutrisno(アトマジャヤカトリック大学インドネシア講師、米・ボストンカレッジ国際高等教育センターフルブライト客員研究員)

モナシュ大学マレーシア校やニューヨーク大学アブダビ校のように、多くの海外ブランチキャンパス(IBC)は、IBC展開元の国における研究重点型大学によって設立されている。IBC展開元の海外大学とIBC展開先の現地の大学との間で提携する必要がある場合もある。西安交通―リバプール大学蘇州校は、その「母体の」大学がいずれも研究大学に分類されるIBCの例である。しかし、これらのIBCは、通常、研究重点型大学とは見做されていない。IBCは徹底した研究を行うのに適切な能力を持たない、教育機関と見做されることが多い。

IBCでの研究を妨げる要因
IBCにおいて、研究に焦点が置かれていないのには様々な要因がある。海外ブランチキャンパスを設立する最初の動機は、収益の創出であることが多い。イギリスとオーストラリアの大学は、IBCを「輸出」している上位の二カ国であるが、それぞれ政府からの高等教育に対する継続的な財政支援の削減に直面し、追加の資金源を求めるために起業家的にならざるを得ず、その結果、新興のアジアと中東諸国でIBCを設立した。このようなわけで、IBCにおいて膨大な財政支援が必要となる研究を重点的に行うことが、優先事項になることは滅多にないのである。

IBCは「外国の」組織と見做されるため、現地の受入国政府からの支援を受けることは困難なこともありうる。これら受入国政府は、主に、学部レベルの高等教育の需要過多に対応するためにIBCの設立を認可する。そして、大学院課程は、主として専門技術を向上させるために提供されるので、大半のIBCでは、研究者養成のプログラムではなく、コースワークによる教育プログラムが提供されている。

IBCの運営に関わる大学教員は、その多くが自国と空路で行き来をしながら講師を務め、IBCに短期間のみ滞在して集中講義を行うが、IBCで実際に研究を行う機会はない。滞在期間中に何らかの研究に携わることがあるとすれば、それは短期間のデータ収集の形を取ることが最も多い。彼らは、研究作業の大半を自国の大学に戻ってやり遂げる。彼らの出版物は、その自国の大学と関連付けられるのである。

IBCの数が継続的に増加する中で、特にマレーシアでは、現地の高等教育環境において、IBCがより永続的な形態として受け入れられてきたものもある。これらの海外ブランチキャンパスが、研究を行う能力と意欲を持ち始めると考えるのは自然なことである。ブランチキャンパスにおける教員が長期的に雇用され、自国の大学との間の空路を往来する講師は少なくなるだろう。新しい教員は現地で研究を行うより優れた機会を得ることになる。いくつかのIBCでは、現地の受入国政府の研究助成金を多少なりとも獲得することもある。近年、IBCの主な受入国である中国とマレーシア政府は、これらのブランチキャンパスをより研究重点型にするという願望を表明した。これによりIBCが、より研究重点型になる可能性は出現しつつあると言えるが、これらのIBCは長期的に見て、研究大学になりうるのだろうか?

ヘンリー・エッツコウィッツの「三重らせん」モデルは、起業家精神を持つ研究大学がどう機能するかを明らかにしようとしたものである。このモデルでは、以下の3つの主要な要素が一体となって働く必要があるとしている。それらの要素とは、政府の支援、大学における研究者志向の人材、提携する産業界の3つである。このモデルを適用しIBCを分析すると、おそらく、産業界との提携が、IBCを研究大学に転換する上で鍵を握る問題となるだろう。無論、これはIBCに限った問題ではない。新興国においても、国の旗艦大学は同様の問題に直面する。工業団地や経済特区でのIBCの設立は、地理的な近接性にもかかわらず、産業界との密な関係を保証するものではない。これらの特別区の多くは、その研究開発部門が地球の裏側に位置する多国籍企業を住まわせている。彼らにとっては、基礎科学研究を現地で実施する必要性はないのである。よって、現地政府は、若干の富裕な湾岸国家が示すように、膨大な財政支援により、研究大学とIBCの両者を自国に誘致することに寄与することができるものの、財政支援のみでは、多くの先進国の研究大学の運営を支える主たる要因である「産学連携」に駆り立てるのに十分ではないかもしれない。

ありそうなシナリオ
では、このような窮地において、IBCを研究大学に転換するのは不可能であると想定することが正しいのだろうか?恐らく、IBCが教育機関としての現状の姿を今後維持するかどうかについて結論を出すのは時期尚早であろう。しかし、以下に述べる3つの可能なシナリオが、IBCの将来の見通しを変えるかもしれない。第一に、受入国の政府のIBCに対する方針は常に国益にしたがって変化してきた。政府は、自国が知識基盤経済を持つ工業国になろうと欲するならば、IBCを単なる教育機関として機能させることを許容するだけでは、自国の利益にならないという事実を認識し始めている。受入国政府は、IBCがより多くの研究を行い、国の経済及び産業のニーズに対応するよう命じるかもしれない。この命令が必ずしもIBCを研究大学として機能させるわけではないが、IBCの中で粘り強いものは、その存在を維持するためにこの命令を遵守しようとするだろう。そうでなければ、受入国におけるインフラ構築に関する投資を放棄しなくてはならない上、評判にも傷がつくだろう。

第二に、応用研究の実施に対する、産業界における現地企業と多国籍企業双方からの要請とその機会は、IBCの転換を加速化するかもしれない。例えば、中国のいくつかの地方企業は、研究開発用に蓄えておいた十分な資金によって世界的なプレイヤーとして勃興してきている。テクニオン・イスラエル工科大学汕頭校や、モスクワ―北京理工大学深セン校など、特に研究と技術移転を行うことを目的としたIBCの設立は、地元のハイテク産業と起業家精神のエコシステムによって可能となる魅力的な産学連携の機会の証拠となるものである。IBCは、自身の「母体」大学の研究力や、現地企業または多国籍企業の技術移転の必要性を頼りに、受入国でより多く研究をすることができる。

第三に、研究資格に対する需要が高まると、IBCは研究プログラムを提供し始め、研究重視になるだろう。マレーシアや中国などの国は、現在、高等教育の大衆化が進んでいるが、高等教育制度の主たる需要が研究資格となるような時代にもうすぐ突入するかもしれない。大衆化のおかげで、現地の国立大学は教育プログラムの提供には熟達してきているが、研究プログラムを提供する適切な準備はできていないかもしれない。知識基盤経済に立脚した国になるという政府の野心と合わせると、学生は研究資格を得るためにIBCにアクセスすることの方が多くなるだろう。このようなシナリオが実世界で現在、どのように展開されているかを確認するため、さらなる実証研究は当然必要である。

開発途上国におけるIBCの変革は可能ではあるが、それを、受け入れ国における旗艦研究大学に転換することは、近い将来には起こらないだろう。だが、応用研究や技術移転研究のニッチな領域は存在し、IBCはそのような領域を、地域社会から研究大学と見做されるのに十分な程度には満たすことができる。この場合、本国の「母体」大学とは別に、IBCの文脈に特有の方法で行われるであろう。

※原文はこちらからご覧いただけます。

 

その2:『インド:世界トップクラスの大学?』(India: World-Class Universities?)(IHE #91: 2017年)
Philip G. Altbach(米・ボストンカレッジ国際高等教育センター研究教授兼創設理事)
Jamil Salmi(世界高等教育専門家、元世界銀行職員)

最近、インドの大統領プラナブ・ムカルジーはこう宣言した。「今後4、5年間に渡って、インド国内の10~15位以内のトップ大学に十分な財政資金支援を行えば、これらの大学は今後数年内に世界大学ランキングのトップ100に飛び込むであろう。」2016年後半、人材資源開発省は、20の世界トップクラスの大学―10の公立大学と10の私立大学―を作るための一連のガイドラインと制度案を発行した。残念ながら、この賞賛すべき目標を、短期または中期的な期間のうちに達成することは不可能でないにせよ、困難である。なぜか?

インドの高等教育環境
インドの高等教育と研究セクターは、学生数の驚異的な増加を鑑みると、数十年間に渡って、基本的に財源不足であったと言える。他のBRIC諸国と比較すると、GDPに占める公的教育費の割合は4.1%で、これはブラジルに次いで二位である。しかし、研究費に関しては、インドは最下位であり、GDPの0.8%を占めるに過ぎない。そして、インドでは、大学年齢人口に対しする高等教育人口の割合が、BRICの中でもっとも低い。インドは現在、中国に次ぐ、世界で二番目に巨大な高等教育制度を有しているが、人々の需要と政府自身の目標を共に満たすために、高等教育を拡大することに対する多大なプレッシャーに直面している。

インドの高等教育制度は、世界トップクラスの大学を作り出すほどには、十分に整理されてはいない。インドの州政府は、いずれも州レベルで世界トップクラスの大学を発展させるという野心的なビジョンを持っておらず、高水準の高等教育の質を保つために十分な額の財政支援を行っていない。インドの各国立大学(central universities)は、より多くの財政支援を受けており、インドの州立大学のように、36,000の単科大学を監督するという、非常に大きく、かつ、世界的に珍しい責任を背負ってはいない。

過去には、インドは新しく革新的な高等教育機関を創立することを望み、全く新しい機関が創始された。インド工科大学(IIT)、タタ基礎研究所、インド経営大学院、その他数校がそれである。これらのインドの新しい高等教育機関の企画者は、既存大学が抱える重大なガバナンスの問題の解決に取り組もうとはしなかった。インドの規定では、大学としての資格を満たすためには、約20,000人の学生を受け入れるべきであるとしている。国際的なデータによると、大半の世界トップクラスの大学の多くがこの程度の数の学生を抱えていることを示しているが、インドの多くの大学はそうではなく、このガイドラインからは恐らく、インドの大学の中で急速な発達を許容する精神とガバナンスを持った恐らく唯一の大学であるIITが除外されることになるだろう。

世界トップクラスの大学を創立することは、慎重な思考、計画、長期間にわたる膨大な財政支援が必要である。世界ランキングでの認知度が目標であれば、課題はさらに大きくなる。ランキングの指標は変わりうる上に、競争は熾烈だからである。例えば、ロシア政府はロシアの5大学が2020年までに100位以内に入ることを目標とした構想に財政支援している。4億USドル以上が毎年15のトップ大学に支給されている。日本は近年、スーパーグローバル大学創生支援事業を開始した。中国は継続的にトップ大学に多額の財政支援をしており、そのうちの2大学が上海のランキングで初めてトップ100入りを果たした。インドは世界トップクラスの集団に入るのは極めて遅く、大きな前進をするのに十分なほどの資金提供はしないだろう。財政支援は 1年間で5,000,000,000ルピー(約7500万米ドル)か、または交付金が均等に分配されるならば、一校当たり50,000,000ルピー(約100万米ドル)である。このような額は大きな違いを生み出すには全く不適当である。

世界トップクラスの青写真
我々は著書「The Road to Academic Excellence: The Making of World-Class Research Universities(学術的卓越性への道程~世界トップクラスの研究大学の創立)」(World Bank, 2011)で、大きな成功を収めた10の新設大学の経験を分析した。我々は、全ての大学がある共通の特徴を有していることを見出した。以下の一覧は、トップレベルの研究大学の構築に成功するために、恐らく十分ではないが、必要となる条件を示す。

新しい研究重点型の大学の構築に必要な主たる要素の中には、以下のものがある。機関の創立と長きにわたり卓越性を担保するのに十分な財源、教員の著しい参加を認めつつも彼らによって完全に統制されないバランス型のガバナンスモデル、先見性のある総長の強力なリーダーシップと大学の使命を遂行することができる専門的で有能な職員、行政や民間の権力の介入からの自律性を持ちつつ外部機関に対し適度な説明責任を許容すること、教育・研究・出版に対する学門の自由、教育を含む大学の使命に献身し十分な給料を受け取り、適切な昇進の道を用意されたトップクラスの大学教員、高い資質を持ち意欲のある学生、全てのレベルにおける実力主義への確固たるコミットメント、である。

また、我々は同書で、卓越性の探求において肯定的な役割を果たしうる数々の「加速化要因」を特定した。第一の要因は、既存の大学の改善や新しい大学の創設時に幅広くディアスポラに頼ることである。韓国の浦項工科大学校(POSTEC)や香港科技大学(HKUST)の経験に示されるように、数多くの海外在住の学者をその出生国に戻すことは、大学の学術的な力を急速に構築する効果的な方法である。

第二の要素は、有意義なカリキュラムと教育学的革新性を導入することである。例えば、HKUSTは香港で初のアメリカ型の大学であり、これは、イギリスモデルに沿って運営している既存の大学からそれ自身を差別化する特徴である。モスクワの国立研究大学高等経済学院は、ロシアで初めて、教育と研究を一体化させ、デジタル図書館を開設した、近代的カリキュラムを提供する大学の一つである。この種の革新的特徴は、「参入の遅れた者の利点」の一部であるが、新しく設立された大学にとって非常に重要である。なぜなら、新設の大学は、学生を既存の大学からおびき出し、未知のプログラムに入学するというリスクを冒す気にさせるのに十分な魅力を持つことが必要だからである。

第三の要因は、大学を改善の取り組みに向かわせる指導的方法論として、ベンチマークを使うことである。例えば、上海交通大学は、その戦略計画の策定作業にあたり、まず、一流の中国国内の大学との慎重な比較に基礎を置くことから始め、その後、ベンチマークの実施に外国の提携大学を含めた。アジアのHKUSTやPOSTEC、ロシアの国立研究大学高等経済学院が実証しているように、ニッチな分野へ集中することも、より迅速にトップ研究者が組織内におけるクリティカル・マスを達成するための適切な方法である。世界トップクラスの大学を構築する多くの取り組みは、専ら科学技術に重点を置いてきた。これらの分野は確かに重要であり、多くの学術誌掲載論文を生み出すため、ランキング上での配当をもたらす。だが、社会科学や人文科学の関連性は高まっており、ランキングにとって重要となる引用数による認知度が高まっている。現代世界では、地球規模の大きな課題(気候変動、エネルギー、食料、健康)に対処するために知の全ての側面への注目が必要である。

インドの現実
インドは、大学の副総長やその他の上級職の任命権の側面などに関して、政府の指針や政治的関与からの確固とした自律を許容する優れた歴史はない。事実、大多数の観察者が指摘することは、高等教育の多くの側面が政治化されている上、先日提案されたガイドラインによると、大学の自治に関する基本的な変更は不可能であることが示されている。インドの大学へ入学する学生と採用される教授の半数を、インド国内で不利益を被ってきた特定の人口集団に割り当てるという「優遇措置制度(reservation system)」は、教育を重視する教育機関ではうまくいき、多くの肯定的結果を生み出す可能性はあるが、最も才能のある研究者と学生を引きつけようとしている世界トップクラスの研究大学の発展を許すものではない。提案されたガイドラインでは、優遇措置制度は例外なく実施され続けるとされている。

インドには、確かに有利な点もある。多くの高等教育で教育と研究の伝達手段として英語を使用していることで、インドは世界の言語の主流に身を置くこととなる。インドは国内外で活躍する、十分な訓練を受けた聡明な研究者の数に不足はない。インド国内における真に刺激的でよく企画された学術的な発展がなされることは、インド人のディアスポラを引きつけうるものであるが、これは、適切な学術環境と柔軟性のあるガバナンスが施行され、給与が国際的な水準であれば、の話である。

今の現実と過去の取り組みは、インドにおける世界トップクラスの大学への道のりは非常に困難であろうことを示唆している。しかし、国の大統領からの支援および思慮に富む計画ならびにかなりの創造的思考があれば、インドにおいて世界トップクラスの教育ならびに研究大学を複数構築するという目標は達成可能かもしれない。だが、提案される財政支援額と実施ガイドラインでは、全く成功しそうにはない。

※原文はこちらからご覧いただけます。

<翻訳者>新見 有紀子(政策研究大学院大学 客員研究員、一橋大学 講師)