世界の大学事情

【世界の大学事情】第18回 1. 『科学的コミュニケーションにおける無秩序状態と搾取』, 2. 『アメリカ合衆国・ヨーロッパ・アジア:ノーベル賞受賞者の所属の多様性』

その1:『科学的コミュニケーションにおける無秩序状態と搾取』(Anarchy and Exploitation in Scientific Communication)(IHE #92: 2018年)
Philip G. Altbach(米・ボストンカレッジ国際高等教育センター研究教授兼創設理事)

技術、強欲、明確な規則や規範の欠如、激しい競争、そして一定程度の腐敗の結果、科学的コミュニケーションの世界は混乱と無秩序状態に陥った。科学的な出版物が、大学出版社や非営利の学会の手に委ねられ、その大部分が学術界によって支配されていたのは、さほど昔のことではない。各種の学会は、研究者や科学者の属する大学や分野と関連のある組織による出資を受けていた。この大半は非営利の下で行われ、北米と西ヨーロッパが多くを占める主要な研究大学の権威ある教授からなる小集団により広く管理されていた。それは全て極めて「紳士的」であり、男性が支配する科学エリートによって管理されていた。

その後、複数の津波がアカデミアの園を襲った。恐らく、最も重要なものは、高等教育の大衆化、即ち、世界規模での入学者及び大学数の驚異的な増大である。現在、高等教育の事業は巨大化し、世界では22,000以上の大学に2億人近い学生が在籍している。そして、これらの大学の中のほんの少数に過ぎないものの、多くの研究を生産し、研究大学の身分を嘱望する大学の数は増えつつある。それは、主として研究業績の測定に基づく大学ランキングの出現と、学術エリートに加わりたいという自然な欲求により、研究大学という身分に魅了される教育機関が増えているためである。政府、認証評価機関、質保証機関も研究と出版を重視するが、それは部分的には、それらが正確に測定可能な少数の指標の一つであるためである。同時に、グローバル知識経済は、最上位にある大学が他の大学と国際的に連携するとともに、世界中の高等教育機関と競争するよう駆り立てた。

このような競争の激化と、大学や個々の学術研究者への「出版か死か」という圧力の結果、既存の科学的コミュニケーションのシステムに途方もない圧力がかかり、最終的に増大する需要に対処することができなくなった。同時に、インターネットの出現により、学術誌は論文出版、投稿論文の査読、その他の彼らの仕事の側面における新しい方法に適応しなくてはならなかったため、その科学的コミュニケーションのシステムに対するさらなる難題が与えられた。それまでは、コミュニケーションの訓練をほとんど積んでいない学者により管理される家内産業であったものが、突然、大規模産業となったのである。現在では、150,000以上の学術雑誌が存在し、そのうちの64,000が査読付きと称している。

その影響
第一に、大手出版社やメディア企業は、学術誌から大きな利益が得られると見て、市場に参入した。SpringerやElsevierといった 多国籍企業は巨大な存在で、現在ではそれぞれ全ての分野で1000以上の学術雑誌を出版している。学術誌の購読料は天文学的な数字にまで増大し、いくつかの学術雑誌は20,000米ドル以上の購読料がかかる。例えば、Elsevierが出版するBrain Researchの年間購読料は24,000米ドルである。これらの出版社は、主に、その他出版社や学会から既存の学術誌を購入している。また、これらの出版社は、多くの学際的な分野で新しい学術誌を創始している。このような多国籍企業は、数百の学術誌を持つに至り、それらを図書館にセールとして「一括にまとめ」、図書館は全リストを購入せざるを得ないため、これらすべての学術誌へのアクセスのために巨額の費用を支払った。学術分野の中には、著者に投稿料が課されたり、投稿料が値上げとなったものもあった。このようにして、学術誌の出版は高利益が見込めるものとなった。当然このシステムは、最新の科学情報へのアクセスを支払いが可能な者に限定することとなった。

最終的に、図書館や多くの研究者の学術誌の価格高騰に対する反応が、「オープンアクセス」運動へと結実した。新しい学術誌の中には、知識へのより安価なアクセスを提供することを目的として創設されたものもあった。大手多国籍出版社は、主として、出版した論文を読者に安価に提供することについて許可する際に、著者に対して支払いを請求することで、オープンアクセスのようなものを提供した。しかし2017年までに、大学図書館と多国籍出版社との学術誌へのアクセス価格の高騰をめぐる継続的な対立は、これらの複雑な問題をどう解決するかについてのいかなる合意にも至っていない。

大学はそれ自体が多くの科学学術誌の出版社である。シカゴ大学出版、ジョン・ホプキンス大学出版、オックスフォード大学出版、その他数多くの名声のある大学出版社は従来より高品質の学術誌を出版し、今後も出版し続けていくだろう。大学出版社は一般に手頃な価格を維持しており、新しい技術への適応にも成功してきた。一方、世界中の多くの個々の大学は、発行部数が少ないか名声のない地方学術誌を出版していることも事実である。例えば、大半の中国の研究大学では、ほとんどインパクトがなく、学外の執筆者を惹きつけない学術誌を複数の分野で出版している。そのような出版を正当化するものはほとんどないように思われ、低品質の「国際的な」学術誌の増殖による害をうけがちである。

同時に、学術誌の数の急激な増加と学術誌に投稿される論文数の激増は、従来の査読システムに対して、持続が不可能となるほどの負荷をかけてきた。学術誌への投稿の増加は、学術職の拡大と「出版か死か」を迫るプレッシャーの強まり、一般的な科学的革新と知識の急速な発展によるものである。だが、水準を満たす査読者と才能ある学術誌編集者を見つけるのはますます難しくなってきている。これらの仕事は極めて重要であるものの、一般にとても時間のかかるものであり、対価はなく、匿名ですらあり、科学と知識への純粋な貢献である。

科学コミュニケーション産業におけるもう一つの脅威的かつ広範囲にわたる変化は、「学術的インチキ」の台頭である。2016年12月29日、ニューヨーク・タイムズは、「インチキ研究者、実在する研究者と酷似」という長い論文を掲載した。その論文では、偽の会議や偽の学術誌の蔓延について議論していた。インドその他における怪しい会社によって組織された国際的な「学術」会議は、世界中のホテルで開催される会議に出席する参加者に高い料金を課しており、投稿されたすべての論文が品質に関係なく受理される。学術研究者は、自分のCVに国際学会で論文が受理されたことを記入するのに必死で、このような無益な出来事にお金を出すのである。

偽の学術誌の蔓延もある。いくつ実在するのかは誰も知らないが、その数は数百あるいは数千にも及ぶ。アメリカの大学図書館員のJeffrey Beallは、長年にわたり、このような偽物を追跡し、2011年の18社から増加し、現在、少なくとも923社の出版社をリストアップしており、この多くが複数の「学術誌」を持っているとした。2016年後半、Beallは貴重なリストをもう収録していないと公表し、そのリストはインターネットから削除された。彼は何の説明も行ってはいないものの、訴訟を起こされると脅しを受けたことに疑いの余地はない。偽の学術誌は、パキスタンとナイジェリアの目につかない出版社と編集者から出版されることが多い。彼らは査読と称し、その編集委員に国際的に著名な研究者を載せていることが多い。そのような研究者は実際にそのような任務を受諾したことは滅多になく、また、彼らが要請しても名前を削除することが困難である。しかしながら、投稿されたほぼすべての論文が、しばしば巨額となる料金が出版社に支払われたら、すぐに出版される傾向にある。

何をする必要があるのか?
21世紀の知識コミュニケーションの領域が無秩序状態に陥っていることは疑いない。その大半がほとんど学術的価値のない科学論文の大量生産と、倫理的考慮に関わりなく自分の研究を出版せよという学術研究者に対する途方もない圧力、インターネットにより実現したコミュニケーションと出版の革命、既存の多国籍出版社の強欲性、新興の巨大な疑出版者がすべて組み合わさることで、混乱が起きている。これが内包する問題―技術をどう管理したらよいか、科学的出版物の拡大をどう受容したらよいか、査読をどう合理化したらよいか、多国籍企業の独占をどう終わらせたらよいか、そして極めて重要なこととして、学術界それ自体に倫理感と現実的な期待をどう植え付けたらよいか―は複雑である。英語以外の言語で、主要な出版国以外の国で出版される学術誌における、これらの変化の影響も未だ明らかではない。これらのグローバルな傾向によってそのような学術誌は弱体化しそうである。問題は豊富にあるが、回答は僅かしかない。

注:本稿はHigher Education in Russia and Beyondにも掲載済みである。

※原文はこちらからご覧いただけます。

 

その2:『アメリカ合衆国・ヨーロッパ・アジア:ノーベル賞受賞者の所属の多様性』(United States, Europe, and Asia: Diversity in Nobel Prize-Winning Affiliations)(IHE #90: 2017年)
Elisabeth Maria Schlagberger(独・マックス・プランク生化学研究所情報専門官)
Lutz Bornmann(独・マックス・プランク協会管理本部科学者)
Johann Bauer(独・マックス・プランク生化学研究所科学者兼情報専門官)

大学の名声は、どのような要因によって高められるのだろうか?「研究に従事する場所」として、大学、研究機関、そして企業さえも、将来のノーベル賞受賞者に対して、研究を行う可能性を提供することで支援している。その見返りとして、これらの機関は受賞者の名声から後に利益を得ることもある。しかしながら、多くの場合、ノーベル賞受賞者が受賞時に所属する機関は、彼ないし彼女が過去に優れた研究業績を上げた時の機関と同一ではない。従って、これらの機関のどちらが優秀な科学を実際に支援しているのか、ということについては議論の余地がある。(将来の)ノーベル賞受賞者が、ノーベル賞につながる学術成果を出版した際に在籍していた研究機関に注目した最新の文献を執筆した研究者は社会学者のハリエット・ズッカーマンであり、1976年のことである。彼女は自著の『Scientific Elite: Nobel Laureates in the United States(邦訳「科学エリート:ノーベル賞受賞者の社会学的考察」)』で1901年から1975年の92名のアメリカの「ノーベル賞受賞者」のデータに基づく研究機関のランキングを掲載した。

Scientometricsに2016年に掲載された我々の論文(DOI: 10.1007/s11192-016-2059-2)では、1994~2014年の化学、物理学、生理学・医学のノーベル賞受賞者の全155名を評価した。我々は受賞者がノーベル賞の受賞理由となった業績を残した際の研究機関を特定しようと試みた。我々の調査は受賞者の略歴に記載されている情報の分析に基づくものであった。最近、我々は分析対象を1994年~2016年のノーベル賞受賞者170名に拡大した。

ノーベル賞受賞につながる研究業績の国別ランキング
ノーベル賞の受賞理由となった研究に取り組んだ際の居住国に関する我々の調査では、1994年から2016年の間、アメリカ合衆国が一位(94.5名)で、イギリス(20.5名)、日本(12.5名)が追従する形となることが判明した。フランスとドイツは互いに拮抗しており、それぞれ8名と6.5名であった。数字は整数ではないが、これは受賞者が一つ以上の国に属していた場合、分数計数を行ったためである。

著明な研究機関におけるノーベル賞受賞者の決定的な業績
アメリカ合衆国は所属機関ランキングでも圧倒的で、リストのトップにはカリフォルニア大学バークレー校、ニュージャージー州マレーヒルにある研究機関であるAT&T社のベル研究所(ともに6名ずつ)、ハーバード大学(5名)、ロックフェラー大学(4名)がある。特筆すべきことに、AT&T 社のベル研究所で優れた業績を残したのはノーベル物理学賞の受賞者のみであった。

第二の最も重要な国はイギリスで、ケンブリッジにある医学研究所(Medical Research Centre)(5名)とケンブリッジ大学(3名)がノーベル化学賞と医学・生理学賞の受賞理由となる決定的な業績を最も多く残した機関である。イギリスでは、ノーベル賞受賞者を擁する大学の中にもかなりの多様性があり、バーミンガム大学、エディンバラ大学、マンチェスター大学に2名ずつ、ロンドン大学、ノッティンガム大学、オックスフォード大学、シェフィールド大学、サセックス大学にそれぞれ1名ずつ受賞者が所属していた。

フランスとドイツの著明な研究機関にも、ノーベル賞受賞者が決定的な業績を残した際に在籍していた。フランスでは、パスツール研究所、パリ大学、ストラスブール大学(全て 2名ずつ)、高等師範学校(パリ)、リュエイユ=マルメゾンのフランス国営石油研究所がそれぞれ1名ずつ在籍していたことがわかった。ドイツは、ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘンとアルベルト・ルートヴィヒ大学フライブルク(ともに1名ずつ)という二つの大学に加え、ハイデルベルグの欧州分子生物学研究所(2名)、マックス・プランク研究所(1.5名)、ドイツ研究センターヘルムホルツ協会の一組織であるユーリッヒ研究センター(1名)などの大学以外の研究機関に在籍していた。

イスラエル(4.5名)では、ハイファのイスラエル工科大学(3名)がノーベル賞受賞研究にとって重要な機関である。ノーベル賞受賞の理由となる研究がなされたその他の国は、オーストラリア、カナダ、オランダ、ロシア、スウェーデンであり、リストをさらに下り、ベルギー、中国、デンマーク、フィンランド、ノルウェイ、スイスでは、少なくとも一人のノーベル賞受賞者が受賞理由となる研究を行った。

特許取得がノーベル賞に結びつく
エリートの研究者やノーベル賞受賞者になるもう一つの方法は、特許で革新を起こすことである。我々は、この路線を辿った少なくとも一人のノーベル賞受賞者を特定した。2000年にノーベル物理学賞を受賞した、技術者であるジャック・キルビーである。キルビーはテキサス・インスツルメンツ社(ベル研究所のライセンシー)で集積回路を開発、米国特許を1959年に登録し、ノーベル賞につながった。

東アジアの受賞者
近年、複数の受賞者が、自身の研究を東アジアで行った。過去16年間で、12人の日本人と1名の中国出身の受賞者である屠呦呦(Tu Youyou)が自国でノーベル賞受賞につながる科学的発見をした。東京大学と名古屋大学が3名ずつ、京都大学も2.5名と傑出している。医学者の山中伸弥は京都大学で科学技術振興機構の政府事業であるCRESTと協力し、研究を遂行した。微生物学者の大村智は北里大学で自身の研究を行ったが、彼の晩年の発見である、土壌中の細菌の新しい培養株をアメリカ合衆国ニュージャージー州のケニルワースにある一会社のメルク・アンド・カンパニー研究所に送った。

博士を養成する名門大学は将来の「ノーベル賞受賞者」を支援する
アメリカ合衆国は、後年ノーベル賞を受賞することとなった科学者がPh.D.もしくはM.D.を取得した研究機関のリストのトップに位置する大半の大学と研究機関の所在地である。ハーバード大学(14名)、カリフォルニア大学バークレー校(8名)、マサチューセッツ工科大学(6名)が最上位にランクしている。イギリスでは、ケンブリッジ大学とケンブリッジの医学研究所が7.5名ずつで最上位に位置している。数多くの名門大学が5名の未来のノーベル賞受賞者を選抜し、研究者として養成した。これらには、アメリカ合衆国のシカゴ大学、コーネル大学、スタンフォード大学、イェール大学、イギリスのオックスフォード大学、日本の名古屋大学が含まれる。

博士号を持たない受賞者
博士号を持たずにノーベル賞を受賞した者も数名いる。キルビーと呦呦以外には、ベルギーにおけるノーベル賞受賞者イヴ・ショーヴァンが、化学工学の学士号のみで教育を終えている。彼は回顧的に、彼の人生の大半でその事実を悔やんだと記している。ノーベル物理学者の田中耕一は、京都にある科学・工業計器の会社である島津製作所で働き始める以前、工学部の学位のみで教育を終えている。

結論
全体として、我々の研究ではノーベル賞受賞者が、大半の場合、名門研究機関に所属していることが示された。受賞者の大半は傑出した大学教育を受けており、著明な研究機関で決定的な業績を残し、ノーベル賞受賞時には優れた研究機関ないし大学に所属していた。アメリカ合衆国内外の、より小規模で知名度の低い研究機関で教育を受け、働くようになるノーベル賞受賞者が出てくるかどうかは、将来明らかになるだろう。

※原文はこちらからご覧いただけます。

<翻訳者>新見 有紀子(政策研究大学院大学 客員研究員、一橋大学 講師)