世界の大学事情

【世界の大学事情】第17回 1. 『市場に情報を公開する方がより望ましいのか?イギリスの高等教育における教育評価制度 (TEF)』, 2. 『ウェールズの高等教育の再構想』

その1:『市場に情報を公開する方がより望ましいのか?イギリスの高等教育における教育評価制度 (TEF)』(Better Informing the Market? The Teaching Excellence Framework(TEF)in British Higher Education)(IHE #92: 2018年)
Michael Shattock(英・ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン教育研究所グローバル高等教育研究センター客員教授)

市場原理を導入し、競争を激化させることが教育の質を高めるという信念は、英国の保守党政府の高等教育政策の土台を担ってきた。研究評価制度(REF: Research Excellence Framework)は、それが1980年代の半ばに導入された際には、実際には、主として学術的な理由に基づいて、研究機能を限られた数の大学へより集中させていく仕組みとして設計されたものであったが、上述の信念を体現する事例としてしばしば引用される。REFの成功に付随した評判上と財務上の便益も存在するが、約30年に及ぶ継続的実施の結果、REFは大学に対して甚大な影響を及ぼし、大学がREFによって教育よりも研究を優先させるようになったという批判を導いた。教育評価制度(TEF)の導入は、部分的にはこの批判への対応であり、教育と研究のバランスを、教育への関心を高める方向へ変えていくための試みであった。しかし恐らく、2010年の大学の授業料導入への移行と学生数の上限の撤廃のほうが、大学の教育への関心を高める上でより大きな影響を与えたかもしれない。授業料の導入によって、結果として学生獲得競争の激化につながったのである。これは、個々の大学の教育の質について、市場の人々により一層情報を公開しておく必要があるという意識を高めるものであり、とりわけイングランドの大学が設定を許容されている授業料の上限に当たる£ 9,000を徴収する場合はそうであった。(1990年代には、英国高等教育質保証機構(QAA: Quality Assurance Agency)の創設と、QAAによる再評価・報告のプロセス上で求められる煩雑な業務の過多を正当化するために、大学の教育の質について情報を公開しておく必要があるという同様の議論が展開された。)

TEFの導入は、2015年の一般選挙の保守党のマニフェストで最初に登場し、新大臣のジョー・ジョンソンが実際に就任すると、彼の下で精力的に実施された。導入当初より、TEFは手間がかかる上に高額なQAAのアプローチを取るのではなく、むしろ様々な評価基準に基づくアプローチになるということは明らかであった。教員、学生、雇用者という、いわゆる利害関係者からなる委員会が設置され、具体化が図られた。そしてその概念は、財政審議会(Funding Council)を学生局(Office for Students)に置き換え、研究審議会を再編成することを盛り込んだ、新しい高等教育研究法にもしっかり盛り込まれていた。TEFはイングランドのみで義務とされ、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドが参加したいかどうかについては、各地域に選択権が委ねられた。TEFで優秀な成績を修めた教育機関のみに授業料の値上げを許可するという、イングランドにのみ適用される新しいインセンティブが規定の中に盛り込まれた。同法案に関する貴族院の討議では、TEFの評価付けに採用される予定の評価基準に対する激しい批判があったが、同法案の最終的な通過にあたり、下院では否定票は無効とされた。

評価基準に基づくアプローチ
しかしながら、TEFの評価基準に対する批判はプログラムの開始時より広がっていた。TEFの評価は、教育機関を金賞、銀賞、銅賞に等級分けするものであり、銅賞は教育の質が「基準を満たしている」レベルであるとしか認められなかった場合に付与された。これらの等級は三つの評価基準ならびに6つのデータセットに基づくものであった。この6つのデータセットの内訳は、イプソス・モリによって政府のために実施されている、全国学生調査(NSS: National Student Survey)という、学生が専攻する個々の学位プログラムの教育面・評価面・フィードバック面ならびに提供される全般的な学術面における支援に関する側面について学生の見解を個別に記録したデータに加え、高等教育統計機構(HESA: Higher Education Statistics Agency)が提供する機関別の退学率に関するデータ、卒業後の就職に関するデータである。これらのデータのいずれも何らかの欠点がある。NSSデータは最終学年の学生による回答を収集したものであり、大学側が学生に調査票を記入するよう推奨する仕方や、肯定的な回答をすることが大学ランキングにおける順位に最終的に反映されるという認識により、キャンパスにおける教育とは無関係の出来事に影響を受けることもありうる。回答率は各大学でバラバラだが、50%が条件を満たす最小限の値である。退学率に関する統計は、必然的に社会階級の低さや経済的に恵まれない立場にある状況と相関がある一方、雇用統計に関しては、単なる雇用と高度技術者の雇用とを峻別して集計したものであるが、卒業後6か月の卒業生からの回答に基づいており、回答率と情報の質がバラバラであることで有名である。各教育機関のデータはその学生の人口統計学的な特性に照らして評価されるため、さらに評価変数が増えることとなる。これらのデータをまとめると、統計学的な「寄せ集め」であると言える。

各教育機関は、データを文脈に当てはめるとともに、その教育上の目的と目標を説明する15ページに及ぶ報告書を提出するよう勧告される。TEF委員会の委員長が主張するように、これらの提出物が評価にとって不可欠であるという限りにおいて、TEFは評価基準によって主導されるものであると言えるものの、評価基準のみによって決定されるのではないと主張されうる。しかしながらこの主張は、TEFの評価付けは6つのコアとなる評価基準の各々に対し、正または負のフラグを割り当てるものであるという公表された説明とも調整させて理解する必要がある。すなわち、3つ以上の正のフラグをもらい、負のフラグがなかった教育機関は、金賞として検討される条件を満たし、2つ以上の負のフラグをもらった教育機関は銅賞の条件を満たすとされた。この二つの中間にある評点は、銀賞の条件を満たすとされた。

TEF評価の結果
最初のTEF評価の結果は2017年7月に公表された。この第一回目の結果は、TEF評価の試験期間の年としていつまでも認識されることとなり、その後、委員会が実施状況や批判を再検討するたたき台となるだろう。これは、ラッセルグループの名門大学のうち、いくつかの大学が銅賞しか受賞できなかったことがメディアのトップ記事となり、1992年以降に創設された数多くの大学が全国紙の見開きページを独占し、金賞受賞を祝福するのを妨げるものではなかった。(実際には、金賞を受賞した大学は全体の33%で、金賞または銀賞を受賞した大学は82%に上った。)大臣はこの機会を活かし、ラッセルグループのある大学の銅賞の評価と、当該大学の副総長の高給料とを結び付け、副総長の給料一般を批判する上で利用した。

いくつかのデータの信頼性が低いことの他に、TEFの検討委員会が提起する必要のある重要な課題には、TEFが実際に評価しているものは教育ではなく、不完全な形で記録された教育に対する反応の評価を行っている、ということが含まれる。市場に情報を公開するという観点からすると、TEFは機関としての観点のみを提供するものであり、候補者が学びたい実際の学位プログラムや、学部レベルの評価は提供していない。金賞、銀賞、銅賞の選定は、大雑把で大衆寄りでメディアの搾取に迎合するものとしか形容しようがない。とりわけ、最も難関な教育機関や最もアクセス志向の強い教育機関のいくつかが、ベンチマークによる方法で不利となる可能性がある場合には、尚更このことが当てはまる。教員と学生の学習時間に基づく評価基準の導入や、税務当局から入手可能な卒業5年後の卒業生の実際の給料の組み入れといった、実施しうるいくつかの将来的な改良案は、さらに問題含みである。

どれだけ不満があるとしても、少なくとも保守党が政権を握っている間は、TEFは存続するとともに、論争の的であり続けるだろう。高等教育機関で最も賢い人々のなかには、データを「ゲーム化」することで、彼らの所属する機関がそのブランド性を守り、構築された市場の中で成功し、政府が授業料の水準を引き上げる許可を与えるときに授業料を引き上げることができるような立場を確保することができると、我々は自信を持って想像することもできる。

※原文はこちらからご覧いただけます。

その2:『ウェールズの高等教育の再構想』(Reenvisioning Welsh Postcompulsory Education)(IHE #92: 2018年)
Ellen Hazelkorn(アイルランド高等教育政策研究ユニット(HEPRU: Higher Education Policy Research Unit)名誉教授兼所長、アイルランドBH Associates教育政策コンサルタント)

世界の大半の国や地域と同様に、ウェールズは、急激な社会的および経済的変化に直面している。イギリス内の国として、ウェールズの未来は、現在のブレグジット交渉の結果と、ウェールズ自身の意思決定の両者によって形成される。ブレグジットとして知られるヨーロッパ連合からのイギリス脱退の決定は、ウェールズでは過半数ぎりぎり(52.5%対47.4%)で通過した。ブレグジットが実際に何を意味するかに関する不確実性は継続しているものの、今日、その態度が国民投票以来変わったことを示すものはほとんどない。

イギリスのヨーロッパとの将来の関係をめぐる継続的な混乱だけでなく、ウェールズは、人口統計学的な側面、労働市場の側面、および、経済面における課題に直面している。2039年までにウェールズの人口は6.1%増加し、338万人になると見込まれている。とりわけ重要で興味深いことは、ウェールズ在住者のウェールズ内の大学における学部入学者が減少していること、ならびに継続教育と職業訓練を受けるウェールズ在住の若者の数に対して、より高度な大学院レベルの資格取得にかかる資金援助が特に限定的であることである。このような教育面における傾向は、経済面においてより根深い構造的な問題を作り上げている。

ウェールズは第一に中小・零細企業による経済であり、低水準の製造業と公的機関への大きな依存により構成されている。大手雇用主は少なく、UKの経済に組み込まれているカーディフ市は例外である。2008年の大不況以降には、一定の経済復興があったものの、ウェールズは粗付加価値(GVA: Gross Value Added)によると、イギリス国内の地域で最も経済成長の低い地域であり続けている。

この状況はウェールズに過酷な課題を突き付けている。ウェールズの教育制度が、学生の学びの機会、学びの質、研究の卓越性の全てを最大化するためには、どのように組織されるのが最善であろうか?ウェールズの教育機関は、ウェールズの社会と経済の未来を形作ることをどのように支援することが最善であろうか?ウェールズの現在のガバナンスのあり方の効果はいかほどであり、変革を要するものは何であろうか?

ウェールズにおける高等教育
数年来、ウェールズ政府はその教育制度の継続的な課題は、高等教育に関する状況やガバナンスのあり方の複雑性に加え、公的資金提供の構造上の継続的な変化、市民と社会の21世紀的なニーズを満たすために提供するサービスの幅を広げる必要性に由来するものであると突き止めていた。教育制度内での異なる部署が異なった方法でこれらの課題に対応した結果、教育に関する主要な機能の提供において、異なる手法が、異なる度合いで取り組まれ、異なるレベルの効果を生むことになった。この課題は、ウェールズ政府と政府による財政支援を受ける団体の共同責任とされた。

この課題に対して、様々な事項の検証が委任された。それには、教育制度を通じた主要な利害関係者、雇用主、大学の教職員と学生、異なる政府機関へのインタビューが含まれた。さらに、中間組織の役割に関連する規制およびガバナンスのあり方、高等教育に関する全体像と高等教育機関の使命・教育的な多様性・機能別分化にまつわる問題に加え、業績評価、協定、プロファイリングを含む高等教育機関間の調整の実践に関する国際的な調査も実施した。

検証の結果、高等教育を受ける学生、卒業生、その他の専門家、そして企業にとってウェールズをより魅力的なものとするために、経済的ニーズと教育機関とのより密接なつながりに基づく、ウェールズに拠点を置く強力な中堅企業を開発することに、より一層注意を払う必要があることが分かった。この目標を支えるにあたり、将来の計画と制度の調整が必要であった。これは国内及び国際競争の視点という文脈の中で、中央に権限を集約させ、実際にこれらのニーズを満たすよう教育機関を突き動かし運営する実行能力を携えながら、人口統計学的および地理学的なパターンと社会的、経済的、労働市場における変化について俯瞰する視点を持つということを意味した。

今後に向けた勧告
「2030年に向けて: ウェールズのための世界トップレベルの高等教育制度の確立のための枠組み(Towards 2030: A Framework for Building a World-Class Post-Compulsory Education System for Wales)」という報告書は野心的な道程を設定した。その報告書では、公立の高等教育機関間のより効率的な連携に基づく、また、ウェールズの社会的な目標を視野に入れた、高等教育の新しいガバナンスモデルが提案された。

6つの主要な原則が、改革と勧告の基盤とされた。これらの中には、制度的観点に立ち、競争力を持った多様な教育機関が互いに協力し、責任をもって卓越性の追求とクリティカル・マスの形成を目指す、整合性の取れた教育上のエコシステムを構築することの重要性を強調することが含まれた。人々の寿命が延び健康になるにつれ、民主主義社会は、生涯を通じて教育にアクセス可能な、積極的かつ熱心で、責任感のある市民に依存するようになる。従って、この報告書は、卒業生、新しい知識、イノベーションの排出を通じて、教育が、社会及び経済に果たす役割と貢献についての強力なメッセ―ジを伝えている。これらはよく語られる概念であるものの、教育機関の自己利益と評判の追求によって覆い隠されがちである。そのため、この報告書では、生涯を通じた機会や人生上の状況変化を実現また促進させながら、全年齢、性別、様々な才能を持つ学習者のニーズを教育制度の中核に据えることの重要性を強調した。またこの報告書では、「制度」と「社会」の重要性を強調するものの、教育機関のガバナンス・責任・アカウンタビリティ(説明責任)によって強化される教育機関の自治もまた肝心であるとした。

この報告書の主たる勧告は、高等教育局(Tertiary Education Authority)と称される規制・監督・調整を行う単一の組織を設立するという提案であった。この組織は高等教育の異なる要素を構成している無数の組織に取って代わることとなるだろう。この組織の目的は、教育的ニーズと要求に関して、現在そして未来に亘り、より優れた長期的かつ共同的な思索を奨励することである。

対応とその後の行動
検証資料が2016年3月に提出されて以降、ウェールズ政府は主要な勧告案の受理、施行のため迅速に動いた。報告書はウェールズの一院制議会であるウェールズ議会で検討され、全ての政党により広く支持された。そして、広範囲にわたるコンサルテーションプロセスが開始された。

2017年1月、高等教育に関する規制・監督・調整をおこなう新しい単一の機関が公表された。同機関は高等教育のあらゆるレベルに対する資金提供、研究ならびに教育の質保証の責任を担うこととなる。高等教育研究委員会(Tertiary Education and Research Commission)として知られることとなるその新機関は、その中核に学習者と社会を据えながら、高等教育制度により強力な整合性を与えることを任務としている。

「2030年に向けて」は、21世紀社会における、21世紀社会のための教育とその役割を構想することに大きく貢献している。それは、地域的・社会的・文化的・経済的発展を支え、その基盤を与えること、また、教育機関と国の潜在的な可能性・将来性・競争力を高めるため、教育機関間の協力を重視するものである。とりわけ、この報告書は、あらゆる経歴や年齢層の学生に、生涯を通じた教育制度へのアクセスを可能とするフレキシブルな学びの進路に対するニーズを重視するものである。公立ないし私立の教育提供者が、個人主義的なご都合主義の教育機関ではなく、「協調的制度」(coordinated system)の一部であることを受け入れることは、それ自体が重要な声明である。そして、ウェールズ政府は報告書に示された原則と勧告案の迅速な承認により、イングランドのためにUK政府が採択した、市場需要主導型アプローチからはっきりと袂を分かつことになったと言える。

※原文はこちらからご覧いただけます。

<翻訳者>新見 有紀子(政策研究大学院大学 客員研究員、一橋大学 講師)