世界の大学事情

【世界の大学事情】第8回 「世界トップクラス(World-class)の大学をつくるためのエクセレンス・イニシアチブは機能するか?」「世界トップクラス(World-class)の大学への資金供給」

その1:『世界トップクラス(World-class)の大学をつくるためのエクセレンス・イニシアチブは機能するか?』(Excellence Initiatives to Create World-Class Universities: Do They Work?)(IHE #87: 2016年)
Jamil Salmi(世界高等教育専門家、元世界銀行高等教育コーディネーター)

「世界トップクラス」の大学を作る改革のプロセスを加速するため、中国、デンマーク、フランス、ドイツ、日本、ロシア、韓国、スペインなどの政府は、大学セクターの実績を強化するための大型の追加資金の注入からなる、いわゆる「エクセレンス・イニシアチブ」に着手した。 これらのプログラムの多くは過去10年あるいはそれよりも最近に始まったばかりであるものの、参加大学に著しい影響を与え始めている。したがって、これらのエクセレンス・イニシアチブがどれほど効果的であるかを評価し、最近の、また継続中の経験から教訓を引き出すことが不可欠である。
特に東アジアと北欧諸国での最初のエクセレンス・イニシアチブには、高等教育による経済発展への貢献を強化するための長期的な国家政策が反映されていたが、最近のエクセレンス・イニシアチブの波は主に世界ランキングによって刺激されたと見られる。大学の合併や提携を促し国内の大学の知名度を上げようとした2012年のフランスにおけるイニシアチブ、また、国内のトップ5大学について2020年までに世界ランキング100位以内入りを目指すと明示したロシアにおける2013年アカデミック・エクセレンス・プロジェクトはまさにそうであった。その結果、エクセレンス・イニシアチブの大部分は、優秀な学者を獲得するためのメカニズムとして大学の国際化を促進し、結果として主要大学の研究能力の強化と、アカデミック・インブリーディングの削減に努めてきた。

エクセレンス・イニシアチブ評価の難しさ
エクセレンス・イニシアチブの対象となった大学へのイニシアチブの効果と影響を測定することは、時間と帰属という少なくとも2つの理由により、容易ではない。まず、大学のアップグレードには最低でも8年から10年と、長い時間がかかる。多くのエクセレンス・イニシアチブはかなり最近のものであるため、成功を測る試みはほとんどの場合時期尚早かもしれない。イニシアチブ対象大学の科学的成果の生産が、エクセレンス・イニシアチブ開始直後の最初の数年間で大幅に増加するとは考えにくい。したがって、徹底的な分析を行うには、比較のため特定の国内あるいは複数の国のかなりの数の機関のサンプルを長年に渡って見る必要がある。2番目の課題は帰属に関連している。たとえ大規模な機関のサンプルに基づいて統計的な相関関係が特定できたとしても、エクセレンス・イニシアチブがどのように実際に正の変化を引き起こしたかを確立するには、詳細な評価が必要となる。
最近のエクセレンス・イニシアチブの影響に関する分析が存在していない中、過去10年間(2004〜2015年)の世界大学学術ランキング(上海ランキング)のトップ大学の成績を比較することでいくつかの洞察を得ることができる。最も進歩した4つの国は、中国(トップ500に24大学を追加)、オーストラリア(5大学を追加)、サウジアラビアと台湾(それぞれ4大学を追加)である。この4カ国では全て、1つ以上のエクセレンス・イニシアチブが実施され、トップクラスの大学を支援するための持続的な投資が促進されて来た。
リストの一番下の主要な「敗者」は日本と米国で、2014年のトップ500にランク入りした大学数が日本は15大学、米国は24大学、10年前に比べて減少している。米国の場合、公立大学がランク外に落ちた割合が比較的高く、2007年の金融危機以来の公的補助金の大幅削減の悪影響が確認される結果となっていることは興味深い。
高等教育機関のレベルでは、過去10年にランキングを最も上昇させた5大学(中国の上海交通大学と復旦大学、サウジアラビアのキングサウード大学、フランスのエクス=マルセイユ大学、テクニオン – イスラエル工科大学)は、それぞれ自国のエクセレンス・イニシアチブから資金援助を受けている。

どのような肯定的な変化が見られるのか?
エクセレンス・イニシアチブの多くは、大学全体の改善努力を支援するだけでなく、多くの場合は複数の学問領域にわたる学際的なアプローチに重点を置きながら、新しいセンター・オブ・エクセレンス(卓越した研究拠点)の設立や既存のセンターの強化を通じて、重要な基盤を作るための資金を提供している。エクセレンス・イニシアチブに関する最近のOECDのレビューでは、主な恩恵の1つは、高インパクト・高リスクの基礎研究、および学際的かつ共同研究の取り組みへの資金提供であることが分かった。
エクセレンス・イニシアチブは、参加国(特に欧州)の資金調達政策において重要な哲学的変化をもたらすことがある。たとえば、伝統的にすべての公立大学が同等に優れていると考えられていたフランス、ドイツ、ロシア、スペインでは、エクセレンス・イニシアチブにより、 統一された予算受給の原則から、競争的で実績主義による資金調達に移行した。
実際、イニシアチブにより恩恵を受ける大学やセンター・オブ・エクセレンスの選考プロセスは、エクセレンス・イニシアチブの最も注目すべき要素であろう。多くの場合、政府のアプローチは、最良の提案を選ぶための徹底的なピアレビューを伴った、資格のある大学間での競争というものである。このピアレビュープロセスは、通常、国内外の専門家からなる評価チームの作業に依存している。
大学間の資金調達競争が激化する中で、大学間の協力の重要性を忘れてはならない。研究者は国内外の共同プロジェクトに参加する際に最も効果的になるというエビデンスがある。例えば、カナダのチェアズ・オブ・エクセレンス・プログラムでは、大学間の複数のコラボレーションにより予期せぬ相乗効果がもたらされた。
エクセレンス・イニシアチブのその他の肯定的な成果の1つは、新世代の大学指導者の出現を可能にしたことである。エクセレンス・イニシアチブが追求する大学の変革とアップグレードの成功には、学術的優位性を求めるに当たっての大胆なビジョンとアカデミックコミュニティのマインドセットを変える能力が必要である。

エクセレンス・イニシアチブに付随するリスク
同時に、エクセレンス・イニシアチブは否定的な行動を引き起こし、悪影響をもたらす可能性も持っている。大学がより選択的になるにつれて起こる、恵まれない環境にある学生への機会均等の減少、すべての高等教育機関が世界トップクラスの大学になることを志向しているために生ずる高等教育機関の多様性の低下など、エクセレンス・イニシアチブの多くが研究に重点を置くために大学における教育と学習の質に有害な影響を及ぼすリスクがあることを政策立案者や大学の指導者は念頭に置かなければならない。いくつかの優れたイニシアチブが直面しているもう一つの課題は、行政規制や制限からイニシアチブを解放するための適切な統治改革がないために、イニシアチブの対象大学が優れた研究者にプラスの環境を提供する目的で既存の大学組織とは交わらない平行軌道を作り出し、最先端の研究室や米国式の博士課程などを大学の他の部門とは隔離して運営し、結果として、既存の大学組織はエクセレンス・イニシアチブを通じて賄われた変化には影響を受けずに維持される可能性がある点である。

※原文はこちらからご覧いただけます。

その2:『世界トップクラス(World-class)の大学への資金供給 』(Funding World-Class Universities)(IHE #87: 2016年)
Alex Usher (カナダ高等教育戦略協会会長)

政府は常に、高等教育機関におけるアクセスとエクセレンス(卓越性)の選択肢に直面している。 いくつかの高等教育機関を「世界トップクラス」の大学にするためにリソースをそれらの機関に狭めて使うべきか、それともキャパシティを増強しアクセスを増やすためにもっと広範囲に分散して使うべきか?状況が困難な時期に、これらの選択肢はより重大になる。例えば米国では、1970年代は継続的な連邦政府の財政赤字に低成長の時期が重なり、政府は高等教育予算を削減することとなった。高等教育機関はしばしばアクセス機能と研究機能のどちらかを選択しなければならず、後者は常に勝つとは限らなかった。
多くの意味において、世界各国は2008年以降似たような状況にある。低成長と財政赤字の組み合わせにより、アクセスの拡大と研究強度の増大(もちろんこれが「世界トップクラス」の基礎となる)との間の選択を強要されている。問題は、どのような選択が実際にどのような国で行われているかということである。
この課題を解くため、私はオーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、日本、オランダ、スウェーデン、スイス、英国、米国の10カ国の高等教育における学生一人当たりの実際の機関の支出に関するデータを集めた。これらの10カ国合計で世界大学学術ランキング(ARWU、「上海ランキング」とも呼ばれる)の上位100大学のうち91大学を擁しているので、世界最高の研究機関で何が起こっているのかの比較的強力な実態を我々に示してくれる。財務能力の指標としては、収入よりも支出の方が好ましい。というのは、収入は一貫性がなく、長期的な傾向分析を損なう突然のスイング(特に、寄付財産の還元に関する場合)が起こりやすいためである。本稿では、可能な限り、異なる報告方法 や支出クラスについての定義による潜在的な影響を減らすため、利用可能なデータを考慮して、支出の最も包括的な定義を使用する。
各国の高等教育機関レベルでのデータの入手可能性は均一ではない。オーストラリア、カナダ、スウェーデン、スイス、英国、米国では、機関レベルである程度一貫した年次データが得られる。しかし、ドイツ、日本、オランダでは機関レベルのデータに斑があり、フランスでは実際の機関レベルのデータは入手できない。最初の6カ国では「トップ」大学(ARWUのトップ100に入る大学)とその他の大学の財政の比較が可能である。他の4カ国については、国レベルでの一般的なコメントしかできない。

このデータの検討によりいくつかの重要な知見が得られる。

1)2008年以降、高等教育セクター全体での学生1人当たりの支出は、日本、スウェーデン、英国の3カ国のみで増加している。英国では学生数は増加しているが、2012年に導入された 新しい授業料からの大規模な資金の流入により、高等教育機関における支出はさらに増加した。これはトップクラスの大学でも、セクター全体にも同様に当てはまる。いずれの場合も、2008年以降学生1人当たりの増加は実質で約8%である。日本では大学の資金調達率は3%をわずかに上回る程度でほんの少しだけ上昇したが、学生の入学数には変わりがない。スウェーデンでは高等教育機関の収入/支出は少しずつながら着実に増加しているが、興味深い点は、質を維持しようとする政策の一部として学生数が急速に減少していることである。その結果、セクター全体での学生1人当たりの支出は2008年以来約15%増加している。おそらく予想外なのは、ドイツでの学生1人あたりの支出が「高等教育協約」があるにもかかわらず2008年と変わりがない点であろう。それは、一部は基準年の選択によるものでもある(2007年が基準年として選択された場合、大きな上昇が見られる)が、協約の意図した成果の1つ、すなわち大学の学業へのより大きなアクセスが実際に確立したために新しい資金が希薄化されたためでもある。

2)カナダ、スイス、米国のみにおいて「トップ」の大学がそれ以外の大学よりも学生1人当たりの支出が多い。米国では、ARWU100位以内の大学では、2008年以来学生1人当たりの収入が10%増加しているが、システム内の残りの大学では不変か、少し落ち込んだ。これは主に、主要な私立大学における、授業料の増額と研究資金の拡大の能力によるものである。スイスでは、すべての高等教育機関で支出が増加しているが、学生数の伸び率は「トップ」の大学がその他の大学よりも遅かったため、学生一人当たりの支出の伸び率はエリート大学で高く(2008年以降10%)、セクターの他の大学では支出はわずかに減少した。カナダでは、トップクラスの大学での学生1人当たりの資金調達率には変化がなかったが、それでも学生1人当たりの資金調達額が多少減少したその他の大学よりは良い結果である。

3)全体的に見て、スイス、英国、米国のみが、経済危機にあっても「トップ」の大学が学生一人当たりの収入を増やし続けている。これらの3つの国はすでにARWUランキングで上位20位を独占している。少なくとも理論的には、これは最上位の立場を固めるものである。

4)オーストラリアとスウェーデンでは「トップ」の大学は他の大学よりも状況が悪い。スウェーデンでは、セクター全体では学生一人当たりの収入は15%増加しているが、トップ大学では、より多くの学生を惹きつけているため、学生一人当たりの収入には増加が見られなかった。オーストラリアでは、セクター全体で学生一人当たりの収入が減少傾向にあり、上位の大学(15%)では、セクター全体(10%)よりも悪化している。

これは世界トップクラスの大学の未来にとって何を意味するのだろうか?驚くべきことに、資金は重要な要素であるものの、大学の成功はそれのみに依存するのではない。確かに、ARWUランキングには、資金の実質的で短期的な影響はほとんどないようである。もしあったとしたら、オーストラリアの大学の順位はもっと悪くなるであろう。機関としての戦略、採用慣行、大学経営の質も重要であることは明らかである。

しかし、潤沢な資金が高等教育における他の多くの課題解決をはるかに容易にすることは明らかである。現在の傾向が続くならば、アメリカの私立大学は世界ランキングのトップに立ち続け 、おそらくリードを広げる可能性もある。英国とスイスの大学と並んで、アメリカのトップクラスの公立の旗艦大学は、他のほとんどの大学よりも容易に対処できるであろう。
他のところでは、 新しい資金が新しい学生のみについてくるということが問題の一部であるようだ。 つまり、より研究集約的な道を追求するためにより多くの資金を欲しがる大学は、まず、より多くの学生、主に学部生を入学させる必要がある。政府はこれによって大学に良い取引を提供していると思うかもしれないが、率直に言ってこれは必ずしも有用ではない。新しい資金の多くは単に学生自身を教育するのに費やされ、卓越性を高めるために使う「余分」はほとんどない。自国の大学が世界トップクラスの地位を追求することを希望する政府は、大学収入の伸びを入学者数の伸びから切り離す方法を見つけなければならない。それは、授業料の支配権を放棄したり、奨学金プログラムの規模を拡大したり、その他の手段を講ずることを意味する 。

世界トップクラスの大学の地位を追求するためのより多くの資金を調達する別の方法は、大学をより効率的にし、研究に再投資できる 「マージン」を機関の中でより多く見つけることである。オーストラリアの世界トップクラスの大学はここ数年間まさにこれを行っており、世界中の政府は、オーストラリアで成功した高等教育機関を参考にすると良いであろう。多くの政府が現在経験している全体的な財政難を考えれば、これは、 世界レベルの地位を維持し続ける機関にとって公的資金の注入を待つよりも生産的な方法かもしれない。
アーネスト・ラザフォードは次のように言ったとされる。「諸君、資金がなくなった。思考を始める時が来た。」

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<翻訳者>新見有紀子(政策研究大学院大学客員研究員、一橋大学講師)