世界の大学事情

【世界の大学事情】第21回 1. 『グローバル・エンゲージメントの再構成』, 2. 『東アジアにおける高等教育の地域化』

その1:『グローバル・エンゲージメントの再構成』(Reframing Global Engagement)(IHE #90: 2017年)
Marijk van der Wende(オランダ・ユトレヒト大学高等教育教授)

前提とシナリオの再検討
壁が構築され、国境が閉鎖される時代において、高等教育は、開放的で民主的かつ平等な社会の実現に向けたその役割の中で新たな課題に直面している。近年の地政学的な事象や、激化したポピュリズムの傾向は、国際主義の拒絶を推進している。国境の開放、多国間貿易、協働への支持は弱体化し、グローバル化は批判され、国粋主義が出現してきている。ブレグジット、欧州連合の崩壊の可能性、アメリカ合衆国が世界に背を向けていることは、国際的な協働や、学生・研究者・科学的知識・発想の自由な往来について、高等教育に不確実な波を引き起こしている。同時に、中国は「一帯一路」(または「新シルクロード」)計画などの新しいグローバル構想を立ち上げている。これは、高等教育においても新しく、異なる条件の下で展開されるであろうが、ユーラシア大陸諸国の主要な部分を統合する可能性を持つものである。

このような変化は、グローバル化と、高等教育の国際的発展に関して、我々が持つ前提の批判的再検討を要求するものである。我々は、相互的な関わりが薄く、より統合度合いの低い世界が到来するという可能性を、10年前に想像できたであろうか?グローバル化の諸定義は、本質的に進歩主義的なものである。それらは、国または地域間の相互依存性の増大とともに生じた、世界規模の相互的結びつきの拡大、深化、加速に言及した。しかしその途上で、とりわけ不平等のリスクと、勝者だけでなく敗者も生むグローバル化のリスクを示唆する、重大な警告がなされたのである。

事実、10年前、OECDの刊行物である「高等教育の4つの将来のシナリオ」1 の中に示された「地域社会への奉仕」と題されたシナリオでは、変化の主要な駆動因として、「・・・近年のテロ攻撃や戦争、移民の増加に関する懸念、アウトソーシングへの苛立ちや、グローバル化と外国の影響によって国家のアイデンティティが脅かされているという感情を含む、様々な理由による一般大衆における国際主義に関する懐疑の高まり」という「グローバル化への反動」に言及している。さらに、それは、戦略地政学的な理由によって各国で発足した野心的な新規の軍事研究事業や、増加する自然科学、生命科学、工学の研究主題に与えられる秘密区分にも触れている。なお、このシナリオは、当時、変化の方向性として、ありうるとはあまり見做されていなかったのだが、10年後、姿を現したのは正にこれであった。これには、近年発表された防衛関連R&Dを促進するEUの数十億の資金も含まれる。

国際主義に対する増え続ける懐疑論は、貿易、国境開放、移民または難民についての公の政治的な討論や、学界においてさえも聞くことができる。国際主義に対して批判的な意見は、それがエリートで世界市民的な取り組みであるとして、第二外国語としての英語の使用、国際的ランキングとその帰結としての敗者と勝者の年表を伴ったグローバルな評価競争、高等教育機関の収入源としての留学生募集、そしてその他の「アカデミック・キャピタリズム(大学資本主義)」の形態に対して、報復するのである。

グローバル化、不平等、高等教育
経済学のトマ・ピケティや社会学のブランコ・ミラノヴィッチなどの学者は、グローバル化による逆説的な帰結についての理解を伸展させた。彼らは、主にアジア経済、特に中国の成長のため、経済的および社会的不平等がグローバルな次元は減少しているものの、特定の国家や地域内では増加していると分析した。このようなパターンは、かなりの程度、高等教育に反映されている。

世界における不平等の減少は、世界の高等教育と研究現場に及ぼす中国の台頭によるリバランス効果によって生じるものであり、これは、世界でのR&D 支出における中国の割合と研究者の割合(いずれも、それぞれ、アメリカ合衆国、ヨーロッパに次ぐ2位である)により実証されている。しかしながら、その結果として生じる競争は、より少ない拠点への資源の集中の強化を導き、より大きな不平等を産み、ヨーロッパにおける高等教育の景観のさらなる階層化に寄与する。グローバルな不平等はまた、その半数以上が中国とインド出身者である学生数の世界中での爆発的な増加にしたがって減少する。ただし、同時に、高等教育に対する公的資金の援助は、多くの西洋諸国においてプレッシャーに晒されている。民間による重要な資金援助を伴うアメリカのモデルは益々各国から追従される一方であるが、国内ではその公平性と金銭価値の低下の問題について強く批判されている。とりわけ、既に高等教育への参加割合の上限に近い社会では、収入格差を説明する上での高等教育の重要性は減少しており、家族背景や社会的なコネクションがより重要となることもある。

グローバルな位置づけとローカルな関与
このように、高等教育のグローバルな不平等さは減少傾向にあるものの、それがもつ、裕福な国において増大する不平等を埋め合わせる潜在的な能力、即ち、能力主義的な役割は疑問視されている。その結果として高等教育セクターには、以下の二つのプレッシャーがかかることになる。グローバルなレベルでの競争の激化と、ローカルにおける責務と教育の提供に関する批判の高まりである。世界ランキングでのグローバルの位置づけを探求することは、大学の国や地域に対する使命を脅かすものとして、また、それを世界主義的な学術界における豪遊者層の成すことであるとして、高等教育を社会から切り離すものとして批判されている。

10年前、グローバル化は、社会的一体性に悪影響を及ぼす経済的な不均衡を構築するものであり、グローバル化をリバランスする必要があることは既に明白であった。その後、大学は国際主義の使命を拡張することで、移民や社会的排除に対処し、より開放的になり、社会的マイノリティの学生のためのローカルアクセスを向上させ、グローバルな知識社会における成功の秘訣として多様性を受け入れるというグローバル化の文脈での社会契約を再定義し、若年層が効果的にグローバル市民に成長するという、真に国際的かつ異文化間の学びの共同体となるべきであった。

未来へのシルクロード
ある大学は別の大学よりも成功を収めているが、現在、我々が直面する問題を予期できたものは誰もいなかった。ヨーロッパにおいては、ベルリンの壁崩壊後の国際化の最盛期の楽観主義の中にあって、9/11以降においてさえも、それは想像不可能であった。将来の道について考えると、とりわけ、ヨーロッパ連合、アメリカ合衆国、中国が高等教育の景観に与える影響に関して、一連の大きな問題に直面している。

3月25日のローマ条約60周年記念の祝賀は、ヨーロッパの未来のシナリオに関する激しい討論によって特徴づけられ、その中には、高等教育にとって前途の明るいものもあった。同時に、EU–中国連携が研究拠点と高等教育協定を通じて確立されつつあり、中国がグローバルは高等教育の景観に及ぼす影響は増大している。中国の価値が高等教育にどのような影響を及ぼすだろうか?そして、我々は実際にこれらの価値をそもそも理解できるのだろうか?どのようにして、未来に向けたこの新しいシルクロードを通る安全な旅の下準備を学生に提供できるのだろうか?自らのビジョンと世界の理解を豊かなものとし、主としてまたは専ら西洋的である我々の関心を拡張し、新しい歴史に向けてそれを開示すること、これは国際主義のもう一つの主要な課題である。

1 OECD (2006) https://www.oecd.org/edu/ceri/38073691.pdf, p. 5.

※原文はこちらからご覧いただけます。

その2:『東アジアにおける高等教育の地域化』(Higher Education Regionalization
in East Asia)(IHE #90: 2017年)

Edward W. Choi(米・ボストンカレッジ国際高等教育センター博士課程学生)

東南アジア諸国連合(ASEAN)、東南アジア教育大臣機構(SEAMEO)、そして近年結成された日中韓三国政府による集合体という、東アジア地域の高等教育協力の牽引役となる3つの代表的な組織が形成された。これらのアクターは、部分的には、共通の東アジア高等教育の空間を構築するという欲求に突き動かされ、協働した歴史を有するものの、主として異なるニーズ、目的、タイムテーブル、習慣に基づき地域化スキームを実施している。この現象は、結果として、東アジア高等教育の地域化の分断化をもたらした。この事態を考察する上で、いくつかの疑問点が生まれる。なぜ、東アジアには、高等教育の地域化を進める上で、複数のスキームが存在するのだろうか?複数の地域化スキームに加盟する国にとって、ある地域化スキームが別のスキームに対し優先されることはありうるのだろうか?もし、ありうるとすれば、それは、個別のスキームごと、また、より広い意味では共通の東アジア高等教育空間の実現に向けた複数のスキーム全体という、東アジア地域化スキームに対し何か悪い意味合いを持ちうるのだろうか?

ASEANとASEAN大学ネットワーク
当初(およそ1967–1989年の時期)ASEANは、政治的安定と安全保障の二つの前提の下で協力を推進した。したがって、その創立時の加盟国であるインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイにおいては、ASEANは、特に国家独立運動の成功後、インドシナ半島における共産主義の封じ込めと、協調的な国造りを行うことに主眼を置くという使命が共有されていた。

しかし、経済統合に関する政治的議論の高まりが東アジア地域を占拠する中、1990年代の出来事、とりわけ1997年のアジア金融危機は、ASEANに関する論拠に変化を促した。この金融危機により、将来起こりうる不景気によってアジア地域が壊滅的な被害を受けることを阻止するための経済的解決策を探ることを目的として、ASEAN加盟国間のみならず、その他の被害を受けた諸国、即ち、日中韓の三国間においても、互いに協力する必要性が強調された。これら三カ国を加えた集合体は、ASEAN プラススリーとして知られることとなった。

東南アジア諸国のみが所属する排他的な集合体から、ASEAN プラススリーの構図、そして、後に(オーストラリア、インド、ニュージーランドの追加による)ASEANプラスシックス協定に至るまでのASEANの進化を通じて、アジアにおける高等教育の地域協力をめぐる政策的な対話は少しずつ実体化していった。高等教育の地域化に向けた対話は、1970年代、ASEAN教育委員会の最初の2度の会議から始まった。これら2つの会議は併せて、高等教育、とりわけ、高等教育卒業生の潜在的労働力が、地域の経済的繁栄をもたらす主要な原動力であるとして推進された。また、会議では、資質と意欲のある学生を確保するために国を超えたパイプラインを構築することに向けた説得力のある議論が展開された。この結果、ASEAN大学連合(ASEAN University Network: AUN)として知られる準地域的団体が発足した。これは、ASEAN大学連合質保証枠組み(ASEAN University Network Quality Assurance: AUN-QA)と、30の加盟大学間の大学教員、職員、学生の交流を促進するASEAN単位互換制度(ACTS)によって支援されている。

SEAMEOと東南アジア高等教育圏
ASEANのAUNは準地域的なプラットフォームで運営されているが、SEAMEO高等教育開発センター(Regional Institute of Higher Education and Development: RIHED)は、東南アジア高等教育圏(South East Asian Higher Education Area: SEA-HEA)を設置するという、より高度な目的の達成を目指している。これまでに、3つの主要な地域化プロセスがこの取り組みを進めてきた。それらは、マレーシア、インドネシア、タイ(M-I-T)間の試験的学生流動計画と、ASEAN質保証連合(ASEAN Quality Assurance Network: AQAN)と東南アジア単位互換制度(Southeast Asian Credit Transfer System: SEA-CTS)という二つの地域調和機構である。アジア・太平洋大学交流機構単位互換制度(University Mobility in Asia and the Pacific Credit Transfer System: UCTS)の支援を受け、M-I-T の23の大学が、この取り組みの4年の実施期間中(2010~2014)、1,130人の大学学部生の交換留学を促進してきた。M-I-Tは現在、ASEAN International Mobility for Students (AIMS)という、より包括的なブランド戦略の下に前進しており、その付託権限を、更にブルネイ、ブルネイ・ダルサラーム、日本、フィリピン、ベトナムの4カ国を含むよう拡張することを計画している。SEAMEO高等教育開発センターの取り組みのうち、M-I-Tとは対照的に、AQANとSEA-CTSの活動は評価しにくかった。しかし、これら二つの地域機構はAIMSの下で認知度を高めることとなりそうである。

キャンパスアジア
東アジアの高等教育の地域的協力の現場に最も新しく出現したものは、キャンパスアジア(Collective Action for Mobility Program of University Students in Asia: CAMPUS Asia)と称される日中韓三国間学生移動スキームである。2012年に日中韓の指導の下で試験的な企画として発足したキャンパスアジアは、単位互換、ダブルディグリー、ジョイントディグリープログラムを通じて、学部生と大学院生の移動を促進し、共有資源と知識基盤を通じて、優れた才能を持つ「アジア人専門家」を育成することを目的とするものである。このような専門家は、国際的な競合力を持ち、知識に基盤を置く北東アジア地域の大使となることが期待される。恐らく二次的な目標となるが、この移動スキームは中国と韓国の頭脳流出問題(北アメリカやヨーロッパなどの人気の留学・労働先への知的資本の喪失)を軽減しつつ、将来的な入学者数の減少に直面している、特に日本と韓国の高等教育セクターの国際的需要を創出する一手段と見做すこともできる。

東アジアの地域化の難点
個別に考察すると、上述のすべての東アジアの高等教育地域化スキームは、その各々の地理的範囲内で、異文化理解の深化、知識共有、熟練労働者の国際的なパイプライン、地域の安定と平和といった、著しい便益を生み出す可能性を持っている。しかしながら、全体として見ると、それらのスキームは相互排他的であり、場合によっては重複的な地域内外の経済・政治的相互依存性により構成されており、高等教育の地域化の分断化した景観を表すものである。地域的なネットワークが政治的工作やその他の見せかけの行動を取りがちなため、このような非協調的なダイナミクスが、地政学的な緊張を引き起こすのは当然の成り行きである。これは特に、プログラムが近隣地域に拡大し、他のイニシアチブに既に従事している加盟国を取り込もうとするためである。

例えば、日中韓の北東アジア三国間集合体は、キャンパスアジアにASEANやSEAMEOの加盟国を迎え入れる計画があるが、一方、ASEANとSEAMEOはいずれも、それぞれAUNとAIMSを北東アジア、即ち、日本、中国、韓国に拡大する可能性を考慮してきた。新しい地域協定の可能性が開かれると、複数のプログラム加盟国は、最も多くの便益(例えば、名声、政治的な支持、資源)を生むか、最も実現可能性が高いか、あるいはその双方であるような協働的協定に敬意を示したり、より多くの資源を割いたりすることを選択するかもしれない。波及的なASEANプラスワン協定(例:ASEAN-日本)の成熟は、恐らく、より巨大なASEANプラススリー集合体の発展を犠牲にするものであるが、この論点を説明するものである。その他の場合においては、地域ネットワークは資源をめぐって争うこととなり「あまりに広範囲に手を広げすぎている」こととなるかもしれない。加盟国は複数の地域化イニシアチブに対して財政的支援、人的資源、時間を捧げることになるからである。総括すると、ある地域化スキームを優先するという活動は、持続的な地域の協力的絆の涵養を頓挫させ、複数の加盟国が共有する複数の地域化スキームの前進の妨げとなりうる。もしかしたら、包括的で単一の東アジア高等教育共同体の構築自体が危ぶまれるかもしれない。

東アジアの地方組織が直面するもうひとつの課題は、極めて分極化した文化、言語、高等教育の質をめぐる規準、特にビザ発給の手続きや学年暦に関する国ごとの慣習と制度を調和させる試みに内在される困難である。AQAN、UCTS、ACTSなどの参照ツールは最も可視的な差異を緩和し、AUNや試験的な国際的移動プロジェクトなどのエリート層の地域集合体のための学生交流を促進するのに成功してきた。しかし、東アジア全体を通じて、教育的な便益を同等化することを目的とした、より広域的な射程を持つ調和化メカニズムの開発の必要性が生じている。この限界を認識した上で、SEAMEO RIHEDやアジア開発銀行(ADB)は、学術単位互換枠組み(Academic Credit Transfer Framework: ACTFA)として知られる包括的な汎東アジア参照ツールとなることが期待されたものを開発し始めた。しかし、東アジアに共存する多くの地域ネットワークは、その各々の準地域で生成した移動スキームや調和化機構を促進する傾向にあるため、この新しい枠組みを許容するかどうかが問題である。現在、キャンパスアジアはそれ自身の単位互換システムや質保障枠組みを探求しているとみられ、アセアン大学連合(AUN)は、既述のように、AUN-QAやACTSを利用している。

このような現在の事情からすると、東アジアの高等教育に関する複数の地域化機構間の協力を深化させることを強調するのに、まさに今がちょうど良い時期であると言える。ここでの目的は、恐らく現在の東アジア地域化の特徴とも言える地政学的緊張を緩和し、地域化機構間の知識および資源を共有する効率的な方法を開発することで、地域を通じた高等教育の便益を同等化することである。恐らくは、このようにして、東アジアの地域化は、単一の汎東アジア高等教育共同体の構築という、より包括的な地域化計画に向かうことが可能である。

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<翻訳者>新見 有紀子(政策研究大学院大学 客員研究員、一橋大学 講師)